7月20日放送

 料理への思いを表現した小説は数々あるが、高田郁(かおる)さんの江戸の時代もの『みをつくし料理帖』シリーズ(ハルキ文庫)が面白い。幼い頃に大阪で水害に遭い天涯孤独になった澪が、江戸の神田御台所町にある「つる家」の人情あふれる人々に支えられ、人として料理人として成長していく物語。この春に出された九巻では、是非にと請われる名料理屋で天下に名を残せる料理人を目指して行くべきか、それとも市井の人々の喜び、健やかさのための食を作り続けるべきなのか、将来への自らの行く末について懊悩する・・という佳境を迎えている。
 読んでいていいなあと思うのは、澪の真っ直ぐな心。迷ったり悩んだりしながらもその心棒がぶれないということと、人の世で大切なものは何かというテーマが物語全体にきりりと貫かれているところ。そして、彼女を取り巻く思いやり深い人たちもまた魅力的だ。料理人としてどう生きれば良いのかわからなくなった澪が旧知の町医者・源斉にその気持ちを吐露した時、源斉は彼女がまだ自分でも気づいていない天賦をこう伝える。
 「・・食べる人の心と身体を健やかに保とうと心がける。例えば、母親が我が子を丈夫に育てたい、と願う。あるいは医師が患者を健やかにしたい、と願う。あなたはそんな気持ちを併せ持った料理人です。『食は、人の天なり』という言葉を体現できる稀有の料理人なのです」
 あなたほど、揺るがずに、ただひとつの道を歩き続けるひとは居ない、という言葉が主人公の心を決めることになる感動的な場面だ。

八若晋二さん どんな仕事でも、「どこを目指し、どこへ向かっているのか」を明確にし、「誰のためにしているのか」の視点を取り入れられると俄然やりがいが増してくるが、食を預かる仕事こそそんな心棒が何より大事。今回の「ほっかいどう元気びと」のインタビュー後、そんな「澪」の静かな心意気が思い出された。
 お話を伺ったのは、札幌の市電・行啓通前で地元の人達に親しまれている「仕出し弁当のはちわか」代表取締役社長 八若(やわか)晋二さん 54歳。昭和46年から続く店を三代目として引き継ぎ、店頭販売や注文配達、料理仕出しにと奮闘している。
 八若さんご自身は、学校を卒業後、サラリーマンとして営業の仕事を30年ほど続けていたが、先々代の父親が亡くなり、その後店を継いだ母親も病気がちになるなか、自分が暖簾を守ろうと50歳で会社を辞め、全く職種の違う家業に飛び込んだとのこと。
 守ったのは、研究熱心だった父親がひとつひとつ苦労して作り上げた基本のレシピ。それに忠実に従ってお弁当を提供し続けることだと話す。先々代が何よりもこだわったのは手作りであるということ。冷めても美味しいおかずを試行錯誤の上で作り上げ、その食材もより良いものを厳選、調味料もスポイトで調合して味を決めたというほどの徹底ぶり。「その味は、もうすでに完成されており、それに馴染んで毎日のように買ってくださるお客さん達のためにも守っていかなくては」と三代目は控え目に話す。さらに、先代の母親の“天才的な味覚”も「はちわか」のお弁当のベースになっていて、そこも強み、と。
八若晋二さん これまで一企業で30年もの経験を積み、管理職として部下も育ててきた立場としては、いろいろなものの“刷新”や“変革”を掲げて何か動きたくなってくるものだろうが、八若さんのポリシーは、「研究熱心な先々代の父親、天才肌の先代・母親が生み出したレシピに忠実である」ということと、「ぶれないこと」。長い間の社会人経験は、社会を見てきたとも言え、「急激に何かを変えようとして失敗するケースも沢山見てきたから、ゆっくり力を付けて早まらないことを学んだ」と八若さんは話す。店舗の新展開など特にその視点が大事、と。
 ここ4、50年というのは、バブル経済があったり、その崩壊があったり、不景気もあって浮き沈みも激しく、「食」にまつわる商売はめまぐるしく入れ替えが繰り返されてきたが、「食」だからこそ、その提供者は、「なぜその仕事をするのか?」「どこを向いているのか?」「何を守るのか?」の基本にたえず戻るという“当たり前”のことを欠いてはいけないのだと、八若さんの“守る”姿勢にそんなことを感じた。
 そして、「味を忠実に引き継ぎながらも、ゆっくりプラスアルファしていきたいことは?」と訊くと、八若さん、「実は、密かに研究は始めています」と言う。この先どんなものが喜ばれるのか、さらに身体にいいお弁当には何が必要なのか、サラダのドレッシングを調合したり、おかずを構想したりしているのだと、楽しそうに教えてくれた。

 「口から摂るものだけが、人の身体を作る」・・・というのは、前述の「みをつくし料理帖」、源斉先生の口癖だ。
 外で口にする食品に添加物が使われるようになって久しいが、お弁当の「はちわか」さんの先々代、先代、そして現社長の三代目が“手作り”にこだわってきた思いは、『食は、人の天なり』に通じるのだろう。
 そんな各地域の作り手たちの気概を、消費者の側も支えていくことが大切になっていくのだろうなと思う。「自分たちの口に入るものは、どんなふうに、何から作られているのだろう」「どういう人達によって育まれ、どういう人達によって作られているのだろう」という意識を磨くこと。
 海、山の幸に恵まれた食の北海道・・だからこその可能性だ。

(インタビュー後記 村井裕子)

HBC TOPRadio TOP▲UP