6月8日放送

 2013年7月21日放送の「ほっかいどう元気びと」、札幌で「花ときのこ ほそがい」を営む細貝陽子さんの回のインタビュー後記で、農業への熱い思いが込められた宮沢賢治の文章を引用した。労働と芸術と信仰心が繋がり合う生き方は農業でこそ実践できるといった信条を持ち、農学校の教師を辞して農民になる選択をした賢治の『農民芸術概論綱要』の中のこんな表現。
 ・・・詞は詩であり 動作は舞踊 音は天楽 四方はかがやく風景画・・・
 ・・・おお朋だちよ いっしょに正しい力を併せ われらのすべての田園とわれらのすべての生活を一つの巨きな第四次元の芸術に創りあげようでないか・・・
  細貝さんの、「若い人たちと畑を耕したり、休みにはコンサートなども開いて、農業の楽しさを伝えていきたい」というお話を聞いて賢治の理想を思い出したのだが、私はそのインタビュー後記をこう続けた。
 「農業による『一つの巨きな第四次元の芸術』という賢治のユートピア構想は、37歳という早い死によって完遂することなく終わってしまったが、細貝さんのような話を聴くと、ここにもあそこにも、もしかしたら沢山の現代の賢治がいるのではないかという気持ちになる。・・・」

牧野時夫さん 今回の「元気びと」は、まさしくその「現代の賢治」のおひとり、「北海道農民管弦楽団」を率いて20年の牧野時夫さん。ご自身も余市で「有機農園 えこふぁーむ」を営んでいる。
 牧野さんが、「北海道農民管弦楽団」を仲間と共に立ち上げたのは1994年のこと。北大農学部で学び、北大交響楽団にも所属していた牧野さんは、大学院卒業後ワインメーカーに就職し会社員として働いていたが、心の奥の「宮沢賢治の志」は消えず、農民として生きる決意をした賢治と同じ30歳で就農。農業と芸術の融合を夢見ながらも演奏会は叶わなかったという賢治の“夢のかけら”である「農民オーケストラ」を北海道で蘇らせた。農業仲間3人と意気投合しての設立だったというから、やはり賢治の志はそこかしこに息づいているということなのだ。
 以来、全道各地の音楽を愛する農家や農業関係者がメンバーとなり、農閑期にコンサートを続けている。指揮もバイオリンも作曲も手がける牧野さんは、『雨ニモマケズ』や『農民芸術概論綱要』の言葉にメロディーをつけて自作の演奏にも取り組むことで賢治の魂を伝え、そして、賢治同様に自身も農業に生きることで、今本当に大切なことは何かを求め、繋がり合い、伝え続けている。

牧野時夫さん 賢治が農民になる道を選んだ時、生徒達に向けて書かれた『告別』という詩には、並々ならぬ決意でその道を選んだであろう賢治の思いが込められている。
 ・・・おれは四月はもう学校に居ないのだ 恐らく暗くけわしいみちをあるくだろう
 ・・・なぜならおれは すこしぐらいの仕事ができて そいつに腰をかけているような そんな多数をいちばんいやにおもうのだ・・・
 “暗くけわしいみち”というのは、当時最も過酷で弱い立場だった農民として自分も生き、農業は勿論農民の心をも救いたいという、いわば“菩薩道”を身を持って実践しようという覚悟を表した言葉だ。その強く切なく寂しい抒情が心を鷲掴みにする。鷲掴みにされた人は、今の自分が引き受け得るその“けわしいみち”は何なのだろうと、賢治の心の百分の一でもいいからまっすぐに何処かへ向かう道を探し続けたくなる。
 一大決心をし、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」との理想を求めて農業を実践し、信仰を極めようとした賢治だが、実は残念ながら何ひとつ完成させていない。飢饉に強い理想の農業も農民オーケストラも物語の改稿も、どれもこれも道半ば。すべてが未完成。しかし、北海道農民管弦楽団の牧野さんのように、その意志を継ぐ人のいかに多いことか。
 牧野さんが、宝ものは「平和」と話してくれた中に、こんな表現があった。
 「絶対に戦争のあった時代に戻ってはいけない。特に今そう思う。農業から環境を考えるということ。大地と共に暮らすということ。搾取のない平等の世に生きるということ。その思いと、争いのない平和は繋がっている」
 そして、続ける。「ひとつひとつ本来の姿に立ち返ることで、目指す世界は創れるのではないか。一言で表すと“まっとうな生き方”。そこに立ち返りやすいのが農業という生き方。自分は、職業として農業を経営するのではなく、“生き方”として農業をやっていきたい」と。
 そんな言葉を聞いて、改めて思った。賢治の「永久の未完成これ完成である」というのは、こうやって大事な志が次の世代の人に繋がれているということなのだと。
 実際に、農業関連の仕事をしていた人が農民オーケストラに参加しているうちに農業への思いを深めて就農したケースもあるという。
 種は蒔かれている。新芽は育つ。大きな時の流れの中で果実は残る。

 賢治と同郷の私も、その志の繋がりの結び目のひとつでありたいと、折あるごとに賢治作品を朗読しているが、偶然、牧野さんの放送日の8日は苫小牧で朗読会がある。『永訣の朝』や、そして『農民芸術概論綱要』の抜粋や『告別』を読む。皆にばかにされていた主人公が一心に植えた樹が将来の人々の心を潤す物語、“ケンジ”そのものとも言われている『虔十(けんじゅう)公園林』も読む。
 これも何かのシンクロ。心を込めて、賢治の魂のメッセージを声に乗せて届けよう。

(インタビュー後記 村井裕子)

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