6月1日放送

 認知症の母親の話は以前もこの後記で書いた。発症してからもう10年以上。他の病気も進行し、すでに意思の疎通も会話もままならないが、唯一耳元で歌を歌うとかすかな反応を見せる。先日は容体が悪化していると早朝に連絡を貰い、駆けつける。息は苦しそうなのにこれまでにないほど明晰な目で私の目を捉える。私が誰なのか分かっているよという眼差し。そしていつになく何かを伝えたそう。日中になるにつれ呼吸も落ち着く。今まで見せたことのないような目の輝きに今日は何かが違うと嬉しくなり顔を近づけて小さく歌ってみる。母の郷里の空気が感じられる「星めぐりの歌」。歌い終わった途端、枕から頭を上げようとする。「あ~」と声が出る。嬉しくなってメドレーをサービス。
 「ふるさと」が終わった時だ。右の目からツーっと涙が一筋・・。
 それをドラマチックに書くことには、抵抗がある。「目にゴミが入ったのかも」とドラマチックじゃない可能性の方を選び自分の感情を過剰に動かさない装置を働かせてしまう。治ることのない認知症を受け入れなければという思いが、症状へ対しての一喜一憂にブレーキをかけているのかもしれない。
 でも、もし、涙の成分を調べることが出来たら・・とも思う。ゴミを流す体の反応としての涙の成分ではなく、心が反応して出てきた成分が検出されたら、奇跡の宝ものを貰ったような気持ちになれるだろうな、と。

内海久美子さん 「ほっかいどう元気びと」の今回のゲスト、砂川市立病院の認知症疾患医療センター長である内海久美子さんは認知症のスペシャリスト。精神科、神経内科、脳神経外科という三科で共同診療する「もの忘れ専門外来」で患者や家族と接し続けて10年。地域での連携も重視し、認知症の理解の普及と啓発にも力を注ぐドクターだ。
 内海さんと話す患者さんやご家族は、認知症を取り巻くひとつひとつに小さな希望を見出せているのだろうとお話を聞いていてそう感じる。認知症は決して怖い病気でも恥ずかしい病気でもない。歳を取れば誰でもなり得るもの。アルツハイマー病など早期に診断出来れば適切な投薬や対処も出来得る。偏見を無くすために、まずはそういったことを「広く知って貰う」ことから始めなくてはと内海さんは力説する。
 大切にしているのは、その人の尊厳、プライド、そして感情。
 「認知症は“機能”は冒されるが、“感情”は冒されない。嬉しい、楽しいという感情は残っています」と言う。家族にとっては希望の言葉だ。私の声に反応するように流れた涙も「そうなの、嬉しくて涙が出たんだね」とそのまま受け止めてもいいんだな、と思えてくる。実際はどうであれ、歌が何より好きだったのだから懐かしいと思う気持ちや一緒に声を出したいという欲求もちゃんと残っているのかもしれないと思うと、向き合うひとときへの希望が湧いてくる。
内海久美子さん だからこそ・・と内海さんは家族の人たちに伝えているそうだ。怖い、悲しいという感情も当然あるので決して「怒らないで」ということ。実際の年齢がたとえ80歳でも、心は子どもの頃や若い頃に戻ってしまい辻褄の合わないことだらけになる。家族の方に内海さんは、「どうぞ、うまい役者になって優しい嘘をついてください」と話しているそう。様々な問題症状はアルツハイマーなどの“病気”が引き起こしているものであって、けっしてその人のせいじゃないのだから、と。
 若い頃住んでいた実家に帰ると言って家を出てしまう徘徊なども、「今日はもう遅いから、明日になったら帰ろうか」と“優しい嘘”で声をかけると、そうかと思って気持ちは収まる。その周りの「受け止める」対応によって症状はずいぶん違ってくると内海さんは話す。

 とはいえ、家族が疲弊してしまう認知症という病。内海さんは、家族だけに責任を負わせるのではなく地域などみんなの力で支えることが欠かせないとの思いで、中空知地域が一体となり、病院、介護職、ボランティアでネットワークづくりを進め、共に学び合いながら形を作って来たと言う。はじめから雛型があったわけではなく、課題が生まれてひとつひとつ取り組んでいるうちに仕組みづくりが出来てきた、と。その流れの中、砂川市も自治体としては珍しい「高齢者いきいき支え合い条例」を作り、街ぐるみでお年寄りを見守り支える取り組みに力を入れているそうだ。

 母が認知症を有してしまった時、思ったものだ。「そこにいるのに、“もう会えないのだな”」と。いったい、母はどこへ行ってしまったのだろう。魂はひとりでどこを彷徨っているのだろう。考えても答えは出ないまま。
 でも、自分が誰かは忘れてしまっても、娘を産んだことも忘れてしまっても、“今、この瞬間”に、(誰かは分からないけれど)誰かが優しく笑いかけてくれたり、温かな空気の中で話しかけられていたり、懐かしい歌が自分に向けて歌われているという瞬間を生きることで、幸せを感じることが出来るのではないかと思うようになった。それが、家族だけではなく、馴染みの地域の人達の見守りや介護職の人達、ボランティアの人たちの眼差しがあればどれだけ心強いかと思う。
 炭鉱閉山後に少子高齢化が進んだことで必要に迫られたという砂川始め中空知地域のお年寄りを支える取り組みは、これからの大介護時代へ向けての地方のあり方のヒントになっていくだろう。大泉洋さん主演で、北海道の架空の過疎の町が高齢者のための街づくりをしていく「プラチナタウン」というドラマを以前興味深く観たことがある。シルバーよりも価値が高く、年月が経っても錆びずに綺麗な白い光が持続するプラチナ。
 北海道こそ、知恵の絞り方次第で、そんな最後まで光を失わない希望の場所を創れるのかもしれない。

 人の一生はあっという間。“年寄り笑うな、行く道だ”・・・そうこうしているうちに、自分の番がやってくる。

(インタビュー後記 村井裕子)

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