5月18日放送

山田いずみさん 「ほっかいどう元気びと」、今回のゲストは元女子スキージャンパーで現在は「公益財団法人全日本スキー連盟」のコーチである山田いずみさん。
 今年2月のソチオリンピックは今もなお記憶に新しいが、北海道に住む私たちにとって大きな注目だったのが、初めての正式種目として採用された女子のスキージャンプ。それまでの連戦で圧倒的強さを誇っていた高梨沙羅選手は、ソチの舞台では小さな背中にとてつもなく大きな重圧を背負っての戦いに見え、その健気さは見ているこちらまで切なくなるほどだった。結果は4位。メダルを獲る意義は勿論大事だが、女子ジャンプ界にとってこれまでの多くの尽力が実り、歴史的な1頁が開いたということは素晴らしい進化だ。
 高梨選手のパーソナルコーチとして技術指導から気持ちのケアまで全力でサポートしていた女子ジャンプのパイオニアでもある山田さんに、是非ともソチでの取り組み、女子ジャンプのこれまでの話を訊きたくてお呼びした。

山田いずみさん 札幌に生まれ育った山田いずみさんは、小学1年生でジャンプを始め、男子に混じって飛ぶ中で力を発揮、数々の成績を残す。女子の前例が無い中で、「初の国際大会出場」、「初の企業の所属」、「初の国際大会優勝」・・と、すべてが新しい道を切り開くという挑戦をしながら選手を続けてきた。辛い思いも沢山あったのだろうと想像するが、「ただただ、ジャンプが好きだったから続けてこられた」と言い、「環境が整っていないのが当たり前だったから、そういうものだと思ってやってきた」と淡々と話す。そして、「何よりも女子スキージャンプに関わってくれた人達、出会った仲間やコーチ、多くの人のおかげ」と。
 そんな延長線上で叶ったオリンピックの参加については、元ジャンパー個人としては「やっと・・ここまで来た」という感慨。全日本のコーチとしては、自分も選手たちにとっても初めての経験。何にしても本当にいい経験になったので、必ずそれを生かしていかなければならないと思っているという。

 盤石と言われていた高梨選手がオリンピックで持てる力を出せなかったことは支えるコーチとしてもとても悔しいと語り、4年後の平昌では経験から学んで結果を出せるように頑張るのみと話す。やはりオリンピックの場というのは特別なもので、今までそんなことを言ったことのない高梨選手が「勝たなければ」と言い始め、プレッシャーは相当のものだったとのこと。山田さんは、彼女の動揺している気持ちを平常心に戻していつもの力を出せるようにと関わったそうだが、調整が間に合わなかったと無念さをにじませる。
 みんなの期待を一心に背負うオリンピック。パイオニアである山田さん達から繋がってきた大勢の関係者の夢をも受け継ぐ初めての舞台。多くの人たちからの恩を結果でお返ししたいという17歳の思いはどれほど過酷なものだったのだろうと、山田さんのお話を聴きながら改めて高梨選手のその胸の内を想像した。

 山田さんのパイオニアとしての道のりからは心の「強さ」が伝わってくるが、収録後のやりとりで「自分はそんなに強くはない。もう無理と思うことも多かった」と意外な言葉も口にする。だからこそ、こうしたいと強く思ったことを口に出して進むということを率先してやってきたそうだ。「世界のトップに立ちたい」「次の大会は優勝します」。まずは言うことで、「言った自分がやるしかない」と追い込む夢の叶え方。何もない中から何かを生み出してきたというひとつひとつの「経験」は、やはり人の精神の土台を作るのだろう。山田さんの話を聞いていると、「環境が整わない」や「ゼロである」ということ、或いは「弱さ」「負けること」「挫折」・・それらは決してマイナスではないのだということが伝わってくる。それをしっかり受けとめてプラスに変えていくことがいかに大事かということ。
 そういう気づきをすることで、「経験」のすべてが後々生かされるのだ。

 そして、そんなふうに整っていない環境だったからこそ、出来ることへの感謝、支えてくれた人への感謝が培われる。その思いが代々繋がってきているのが女子ジャンプなのだと山田さんは言う。
 「高梨選手は、なぜあの若さであのような人間力を備えているのか?」という私自身訊いてみたかった問いへの答えがこうだった。
 「沙羅は、支えてくださったみなさんに恩返しするために飛ぶと、感謝を口に出せる子。でも、沙羅が今注目されているから彼女の言動が目立っているが、女子ジャンプの選手はみんなそうです」。
 パイオニアである山田さんがそうだからこそ次に続く後輩たちが同じような精神性を受け継いできたのだろうと、そのバトンを恩と志で繋いでいく素敵さに惚れ惚れした。

 スポーツは不思議だ。女子フィギュアの浅田真央選手もメダルは獲れなかったが、人のチャレンジにはそれ以上の価値があることを魅せてくれた。ショートで「とりかえしのつかないミス」をしなかったら、あれほどの力を発揮し多くの人を感動させるフリーもなかっただろうと誰かが何かで書いていたが、私もそう思う。困難はチャンスの母。逃げずに受け止め、自分の持てる力を精一杯発揮することにより、何らかの贈り物はもたらされる。
 逃げなかった分だけ返ってくる大きな贈り物・・それは、男子スキージャンプの葛西紀明選手が長い年月を踏み越えてソチで実証済みだ。メダルの獲得でメディアはこぞって年長葛西選手のレジェンドぶりを褒め称えたが、北海道の私たちの感慨はもっと深いところにある。どれだけ無念の思いを重ねてきたかをずっと見て来て、知っている。そこを乗り越え続けて自分に勝ったことの意味がわかり過ぎるくらいわかるから、感動が大きいのだ。
 高梨選手、そしてスキー女子ジャンプ陣の経験もまたしかり。私たちは見ていよう。苦い経験は最大の糧。4年後に満面の笑顔で終われることをイメージして、エールを送ろう。
 そして、願いが叶ったその時には、また「元気びとに」山田いずみさんをお迎えしよう。

 「報われる人」を観たい。頑張る人こそ、それが「報われた瞬間」を目撃したい。スポーツの醍醐味はそこにもある。

(インタビュー後記 村井裕子)

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