3月30日放送

 今の日本は、“山”を登っているのか、下っているのか。
 いろいろなものが成熟した今、右肩上がりの時代はとっくに過ぎて、明らかに山を下っている時代だろう。
 もはや、大量にものを作って大量に消費し、廃棄する時代ではない。
 もはや、大量に電気を作ってじゃぶじゃぶ使う時代ではない。
 もはや、立派すぎる建物が地域の人たちに恵みをもたらす時代ではない。
 もはや、使わない橋や道路を作って無関心でいられる時代ではない。
 「街づくり」というものを考えた時に、そういうことを意識しなくては、未来に生きる人たちに呆れられてしまう。
工藤弘子さん 今回の「ほっかいどう元気びと」のゲスト、一般社団法人「小金湯地域活性ネットワーク」通称「こがねっと」の代表理事 工藤弘子さん 62歳の話を聞きながら、これからの街づくりはどこを目指すのかを考えてみた。
 小金湯は、札幌市街地から定山渓に向かう途中にある小さな温泉地。百年続く老舗の温泉宿が近郊の人たちの癒しの場としておなじみだ。住所は札幌市南区。道路が整備されたことで近年は札幌と定山渓を結ぶ“通り道”のようになっており、観光客がなかなか停まってくれない。住民も札幌に仕事のある若い人たちは通勤よりも転居を選ぶために人口の流出も著しい。ゆえに高齢化が進む。その状況は、“地方”すべてが抱える共通の課題だ。 この、どこにでもある“右肩下がり”の地域を活性化させるために仲間と共に活動を始めた工藤さんは言う。
 「自分は外からここへ移り住んだ立場だが、知れば知るほど、地域の人たちが見えていないいいところが沢山ある。それをもっと伝えて地域の魅力を最大限に引き出さなければと思った」 と。
工藤弘子さん 目下の目標は、市が造成を進めている来年度開園予定の「小金湯さくらの森」を活用して周辺の整備を進めること。800本の桜を植栽するその公園を市民や観光客のお花見名所に育て、地域としてはその周辺を多くの人が集う魅力的な場にするために住民目線のアイディアを出していきたいと話す。
 自治体と民の思いをすり合わせて地域を再生していくのは一筋縄ではいかないことも多いが、工藤さん達は、その周辺で野菜の直売や加工の出来る場や、陶芸などの体験が出来る場、ハーブを活用して味わってもらうカフェなどのくつろぎの場といった、人と人とがつながりを持って暮らせる地域づくりの構想を是非実現していきたいと意気込む。そして、これは私個人の夢なのですがと前置きして、さらにお年寄りが笑って暮らせる場作りが出来たらいいと語る。身体を使って畑で野菜を作ったり、気軽に立ち寄れるスペースを作って集ったり、そこに介護施設を持ってくることが出来たら小金湯はこれからの時代の理想の地域になると思う、と。

 工藤さん達が目指すものは、何か新しい“箱”をどんと造ってしまうような旧式の“開発”ではないのだということが伝わってくる。元々ある自然は素晴らしい。そのすでにあるものを利用し、休耕地を活用しつつ、無用な開発で荒らされてしまわないような小金湯を守りたいのだ、と。そのために、例えば「小金湯さくらの森」で使う電力は自然エネルギーのものにと要望し、太陽光パネルの設置なども受け入れて貰えたと話す。
 右肩下がりの「街づくり」は、現実をきちんと見据え、すでに持っている、あるいは埋れている「宝」を再認識するということなのかもしれない。

 東日本大震災後の東北の復興をどう考えていくかをテーマにしたテレビの特集番組で作家の高村薫さんが語っていた言葉を思い出す。
 震災前の東北地方は沢山の課題を抱えていた。高齢化、後継者不足、限界集落・・・その元々の状況、つまり今の日本が抱え持つ絶望的な問題をきちんと踏まえなくてはならない。その問題点を無かったことにして、先の見通しの無い、現状とかけ離れた復興を進めてしまうことは避けなければならない、と。例えば津波による塩害を必死に取り除き田んぼを復活させたとしても、後継者がいなかったでは何もならない。実際に暮らす人の思いに添えないコンクリートの構造物しかり、バラ色の街の再生計画しかり。この後、この国をどう作っていきたいのか、どう作っていかなくてはならないのかの方向をきちっと思考しなければならない・・・といったような要旨の提言をされていた。
 下っている山をどう降りていくか。東北が抱えていた問題は、そのまま日本各地の地方が抱える問題だ。それに対する答えは未だ明らかになっていない。

 建築家の隈 研吾さんは、朝日新聞のインタビュー記事で、「高齢化、人口減少の社会では、高度成長のアメリカの頃のように、アメリカ型のコンクリートの建物を次から次へと建てることはあり得ない。・・・東北の復興はピカピカのコンクリート住宅を津波の来ない高台に建てる『アメリカ型』が主流だ。残念でならない」と答えている。
 自然と相対するのではなく、自然と折り合いをつけて生きる意味で、自然素材の建材を使った「誰もが歩いて楽しめるまち」がカギになると思う、と。さらに、まちづくりを委託された宮城県南三陸町に関して、「人と建物がともに年を重ねるまちで、人々がネットワークを強めて生きていくまちをつくりたい」と、もはや高度成長の世の中ではない、これからの人々の暮らし方について語っていた。

 多くの人は気づいている。私たちは山を下っているのだ、と。
 そして、下ってもいいから、地に足をしっかりつけて、豊かに歩いていきたいのだ、と。
 気づいている人たちから、特に地方のことを深く考える人たちから、もうすでにその豊かさの本質を真剣に模索し始めているのかもしれない。

(インタビュー後記 村井裕子)

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