3月23日放送

 「ネットでつながる」幻想よりも、だれとも「つながらない」価値を大事にしたい。・・・
 少し前だが、『文藝春秋』12月号に掲載された芥川賞作家の藤原智美さんの提言を興味深く読んだ。
 『ツイッター フェイスブック・・・私はつながりたくない』と題したコラム。
 <本の時代を生み出したグーテンベルクの活版印刷技術の誕生からすでに500年以上がたつが、ネットという技術は、それに匹敵する強い力を持って世界の様相を塗り替えようとしている>と藤原さんは指摘し、人々がネットに向き合う時間と引換えに本を読まなくなっている現象に、とまどい、うろたえ、危惧を抱いているという内容だ。
 “本を読む意味”を藤原さんの言葉で引用させていただくと、<活字が誕生したことで、文学が発展し、そのことが“集団意識”から“個人の意識”を分離し自立させる役割も果たした>とし、それにより<読者は書物と自己という閉じられた関係のなかで、個人の思考と意識を高めていった>としている。もちろん、ネットの検索などは大変便利にものを知ることが出来るが、「教養とは知識の集合体などではない」と藤原さん。教養とは言葉によって世界を広く見わたし、理解しようとする“個人の自立した意志”そのもの。それを担ったのが本であり、そこを混同してはいけないといった要旨の主張だ。
 「やがて本はなくなるだろう」などと言われることがあるが、藤原さんはこんな警告をしている。<“本がなくなる”というのは正確ではなく、なくなるのは人々の読書への意欲のほうだ>と。いつもつながっていないと不安になるという強迫観念から携帯やスマホ画面から離れられなくなってしまうと、「本を読む=だれともつながらない=自分の内部とつながる」という営みからどんどん遠ざかってしまうという論調に、ストンと胸の奥の何かが落ちるような気がした。
 もちろん、文明はどんどん進み、私たちはそのひとつひとつを享受し、便利さを日々の暮らしに役立ててきた。しかし、何事もそうだが、「使い手」の意識と知恵が試される。文明の利器によって知らず知らずに人の中の本来持てる力がすり減っているとしたら、とても怖いことだ。特に何かへの「意欲」という目に見えないものが掌から気づかぬうちにこぼれ落ちているとしたら。

吉澤隆さん 今回の「ほっかいどう元気びと」のゲストのお話を聞いていて、その“つながる”ものにより意欲が削がれていったものが他にもあるのではないかということを考えさせられた。
 お迎えしたのは、島牧ユースホステルのオーナー 吉澤隆さん 65歳。長野生まれの吉澤さんは、若き頃に旅した北海道に惹かれ、25歳で後志の日本海側に位置する島牧にユースホステルを開設する。やはりユースホステルで出会った女性と結婚を決め、二人三脚で夢への一歩を踏み出して、早や40年。北海道南西沖地震で建物全壊という苦難をも乗り越えて、旅する人たちを温かく迎えている。
 吉澤さんは、とにかく島牧の自然の素晴らしさと、人とのつながりの大切さを力説する。世の中には変わるものと変わらないものがあるが、どんなに時代が変わってもこの2つの尊さは揺るぎない、と。そして、最近の若い人たちが「旅」をしなくなってきたのが気がかりと言う。「旅行」はするけど「旅」ではない。そこを求める人が減ってきたような気がする、と。
 吉澤さんは、自分は未だに携帯を持っていないと言い、山あり海ありの島牧のような五感を解放して楽しんでもらいたいところに身を置いても尚、携帯に「支配」されている若者達を見ると、実に勿体無いと思うと話す。手の中の小さな機械がつながらないということで不安になる若者達がネットに支配され続ける弊害を危惧し、もっとその土地のいろんな人たちと直に話したらいいのにと思う、と。
 そして、「携帯やスマホを持っている人は行く先々で検索機能を駆使して迷わず店などに辿り着くのはすごいよね。だけど、その迷うというのもいいんだよ。土地の人に聞いたり助けられたりしているうちに思わぬ展開になったりするでしょ?」と笑う。それが、吉澤さんの言う「旅」の醍醐味。

 前述の藤原智美さん流に表現すると、「“旅がなくなる”というのは正確ではなく、なくなるのは“人々の旅への意欲”のほうだ」と言えるのかもしれない。
 島牧ユースホステルのオーナー吉澤さんは言う。「ネットの中だけのコミュニケーションで行き詰まっている人にはぜひともその場を一旦離れ、旅することを勧めたい」と。狭い視野から解き放たれると、自分は一体何に絶望していたのだろうと必ず見方が変わるから、と。それは、学生運動が盛んだった頃に若者だった吉澤さんが、いろんなものに煮詰まった末に北海道へ一人旅した経験からの思いだ。「世界はひとつではない、そしてもっと広い」と気づき、救われたのだそうだ。そこには、バーチャルではない実際の人との出会いもあり、語らいがあり、たくさんの人生観と触れ合えるという旅の贈りものも確かにあったと語る。

 文明がどんどん進化すると、私たちはあらゆる便利なものを活用し、“居ながらにして”多くの擬似体験をすることが出来るが、人が持つ潜在力である「意欲」を摩耗させないという意識こそ大切かもしれない。
 読書への意欲。旅への意欲。人とつながろうとする意欲。・・
 それらはきっと、「生きよう」とする意欲にもつながるのではないかと思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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