1月26日放送

 私は昭和30年代生まれだが、この“三丁目の夕日世代”が最も日本の「高度経済成長」を体感してきた子供たちだったのだと、今振り返ってつくづく思う。いわば、超特急列車の先頭で目を丸くしながらあれよあれよと世の中が変わっていく景色を目撃し、またそれを享受した申し子。
 当時の右肩上がりの経済に合わせて誕生した新製品のラッシュは目覚ましく、テレビ・洗濯機・冷蔵庫といった三種の神器とともに、食品のニューフェイスも怒涛のごとく押し寄せた。インスタントラーメンは瞬く間に食卓に仲間入りし、飲んだ後舌が赤くなる粉末ジュースはボトル入りの様々な飲料にとって変わった。
 子供心にインパクトが大きかったのは、アメリカの代名詞ともいうべきコーラの日本上陸。私の田舎の岩手の花巻郊外ではその巨大メーカーの工場が威風堂々の姿を誇り、コーラに関する幾つもの都市伝説がまことしやかに流布する定着ぶりは、まさにこれから日本もアメリカに追いつけ追い越せの大国になろうとする兆しを感じさせるような勢いだった。

小原光一さん 実はこの時、このコーラに負けじと日本全国の飲料メーカーは共闘し、ブラジルのガラナを原料とした飲み物を製造していた歴史がある。北海道で今も親しまれている「コアップガラナ」がそのひとつ。本州各地で次々に製造を断念する中、地域に根ざして今も残るのは道南の七飯町の「株式会社 小原」が手がけてきたもの。なんでも、津軽海峡があったおかげで大手コーラの道内上陸が3年ほど後になり、その間に地元飲料のコアップガラナが定着したのだという。
 今回の「ほっかいどう元気びと」は、そんな“北海道ガラナストーリー”を聞かせてくれた「株式会社 小原」の代表取締役社長である小原光一さん 62歳。祖父の代から83年続く老舗の六代目として、コアップガラナ50周年の2010年から社長職を引継ぎ、道民に愛されるソウルドリンクを守り続けている。
 地域に根ざした小さな企業が百年の単位で生き残っていくには、地道な努力が欠かせない。小原さん、営業部長の40代の頃に広い道内を西へ東へ駆け巡り、まずは「コアップガラナとは」というストーリーからバイヤーのひとりひとりに伝えていったそう。大手のような宣伝ははなから無理と、まずは知って貰いたいという一念で全道を回った粘り強い取り組みが、地元で愛され定着する商品の土台作りになったという。
 地方の企業として先代から受け継いできた信条は、「何よりも継続、永続させていかなければ、地域社会に貢献できない」ということ。そのためには「ごくごく基本的なことを徹底する。その徹底を当たり前のように続けていく」とのこと。
 コアップガラナは水も糖分も北海道の原料だ。小原さんは、ブラジルから輸入している植物であるガラナも出来れば栽培してみたいという夢も語る。アマゾン川流域で採れる実が果たして北海道で作れるのか、どんな育て方なら可能なのか・・まずは、そこから調べて可能性を探ってみたいと。
 「自分の代では難しいかもしれないけど、それができたらオール北海道の飲み物になるでしょ?」と語る笑顔は堅実で誠実だ。

小原光一さん 地方の一企業が54年もひとつの銘柄で愛され続けるのは並大抵のことではない。しかも、口に入るものである食品を嘘偽りなく真摯に提供し続けることがいかに難しいかは私たち消費者も嫌という程目の当たりにしている。
 コアップガラナの「株式会社小原」六代目社長の小原さんの言葉の中に「むやみに事業を拡大することに意義があるのではなく、継続することに意義があるということこそが先代からの大事な教え。効率だけでなく、働いている人たちのぬくもりや幸せを大切にしてきた伝統を守りたい」という表現があった。
 それは、ゆっくり各駅に停まりながら走らせる列車の横を超特急が風を切って走っていても、来る日も来る日も自分の速度で自分の列車を走らせるようなもの。高度経済成長の時代、バブルの時代にそれを全うすることは簡単のようでいて難しい。
 何のために走らせるのか、どこに向かって走っているのかが“ぶれて”しまうと、あっという間に存在理由を見失う。

 以前にもこの欄で書いたが、作詞家の故・阿久悠さんのこんな表現を思い出す。
 「東京オリンピック以降の日本は、歩幅にたとえると、80センチから1メートルの歩幅で歩んできてしまった。もしかしたら、70センチとか、75センチのところにいいものがあったかもしれないのに、それを見逃してしまったかもしれない。またいで来てしまったいいものを、見つめなおす時ではないか」
 1メートルの人が早足で置き忘れた大事なものを拾い集めていきたい。それは、人間として、また地球に生きる一員として忘れてはならないものかもしれない・・と。

 行け行けの時代がその“大股”で見失ってきたものを、実は地方はしっかり踏みしめてきたのではないか。地方こそ、逆境に吹き飛ばされそうになりながらも、どっこい、その志を失くしてはいないのではないか。
 身の丈の大きさに誇りを持ち、等身大をぶれさせずに取り組み続けてきた人たちの話を聞くと、改めてこれからが地方の矜恃の時代なのではないかという思いを強くする。
 そんな、地方が大切にしてきた“歩幅”を、もっと見つめていきたい。この番組で掘り起こしていきたいと改めて思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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