12月1日放送

 もう十年以上も前、長年尊敬するあるアーティストにインタビューした時のこと。
 高いクオリティを保ち続けながら人の心を打つ作品を創る日々の中で、時に「ああ、億劫だな」とか「ちょっと面倒だ」と思う瞬間はないのだろうかという思いが降って湧き、無鉄砲にも質問してみたことがある。尊敬するあなたにはそういうことが無いのでしょうね、といったような私の問いかけのニュアンスに、雲の上のその人は瞬時に表情を崩し一気に私のいる地上まで降りてきてくれたかのような口調でこう言った。「あるある、いっつも面倒だよ」。
 妥協を許さぬ仕事を成し遂げているその人が「いっつも面倒だよ」という吐露。
 そうか、それを超えてここまで来ているのだ。向かうところは違っても、大変な思いはどんな人でも同じなんだ・・。場の空気は和み、何とも言えない「ほっとする」気持ちになったことを覚えている。
 勿論、「面倒だけれど、やるかやらないかのどちらか。やるしかないからね」といった付け加えの言葉には、“面倒だから”ごときでは済ませないプロフェッショナルの矜恃が滲んでいたのは言うまでもない。
 それ以来、何かを始める時に、その才ある人の「いっつも面倒だよ」を思い出している。「そうだよ、誰だって始める前は面倒で不安なんだよ」を心の中で唱えながら。

南保憲亨さん 「ほっかいどう元気びと」収録後にふとそんな思いが蘇ったのは、今回のゲストの言葉の中の「やってみたら結構楽しかった」という気づきに触れたからだ。
 余市町にある人気の燻製専門店「南保留太郎商店」。その名の祖父が魚の仲卸し業の副業として作っていた燻製を父親が受け継ぎ、苦労の末に専門店として看板を掲げたその店を今度は三代目として守っているという南保憲亨(のりあき)さん、31歳。
 親子代々の店を受け継ぐ思いを若き三代目に話していただいたのだが、南保さん、子供の頃は家業の燻製屋があまり好きではなかったと言う。燻製と魚の混ざったような匂いが子供心には嫌だったと。継ぎなさいという親からのプレッシャーもなく、「作る」ことが好きだったので建築を学び、卒業後は建設会社へ就職。3年間の営業経験ののち、余市に戻って実家を受け継いだのが27歳の時。一大決心をして積極的に家業に戻ったというより、「継いだ方がやっぱりいいのかな」といった静かな選択だったようだ。
 話すのが元々苦手と言う南保さんだが、誠実な話し方の中に、幾度も「実際にやってみたら楽しくて」というフレーズが出て来る。
南保憲亨さん 燻製を作る家業は「やったことがなくて不安だったけど、やってみたら結構楽しい」と。奥の深さがわかってくると、それぞれの“見極め”がとても面白いのだそう。
 「余市の燻製屋さんではなく、南保留太郎商店の美味しい燻製と言われるように広めていきたい」と話す言葉には経験から身につけた自信も伝わってくる。
 三代目を継いでから地区の二代目が集まる会に参加することになった時も、「そういう人付き合いは、最初は気乗りがしなかった」そうだが、「行ってみたら楽しくて、今ではいろんな人がいるのが面白いし、助けられている」と言う。
 そもそも、話し方が苦手にもかかわらず建設会社で営業の仕事を希望したのは、就職の適性検査で営業の資質が最下位とわかって悔しかったからとのこと。あえて飛び込んでみたら何かが変わるだろうと意を決し、実際にこの営業経験の3年間はコミュニケーションを始め、沢山のことが学びになったと言う。
 「不安、怖い」からこそ、あえて足を踏み入れてみると必ず何かが始まっていくという体験の賜物なのだろう。

 跳ぶのは怖い。いろんなことに人は不安になる。ましてやったことのないことには気後れしてしまう。誰だって失敗はしたくない。準備は、嗚呼~面倒・・。
 でも、やるかやらないか。「やる」と決めた時からそんな足かせは自ずと外れていく。

 「何事も嫌な気持ちを奮い立たせて進んでみると意外と楽しくなる」と言う南保さんの“宝もの”は「自分の身体」。妻や子供という宝を守るために自分の身体がしっかりしていないといけない、というのがその理由だった。
 熱い思いを持つことで、跳ぶための最初の重い一歩は何とか上がる。一歩が上がれば、二歩目三歩目が右、左と交互に出てくるだろう。進んでいるうちに楽しくなる。だが、そのために大事なのがやはり身体だ。食べものに気を付け、睡眠をきちんととって身体を整えておけば、後はその“乗り物”が思いを運び、前に進んで行く。

 そう言えば、件のアーティストの日常は、時間を作ってジムへ行き“走ること”を課していることを思い出した。まるで修行のように。
 面倒になりそうな気持ちを乗り超えてさらに遠くへ自分を運ぶために大事なのは、やはり「身体」。いいものを作るためにも、誰かを守るためにも、そこが基本。

 今年を目一杯駆け抜けた皆様も、この年末、どうぞ酷使したお身体を大切に!

(インタビュー後記 村井裕子)

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