11月10日放送

 「ほっかいどう元気びと」は、北海道で活躍する様々な分野の方々にその取り組みの原動力や培った人生観を話していただいているが、同時に様々な「仕事の一覧」でもあることに気づく。
 最近のゲストの方々を振り返ってみても、「猛禽類医学研究所」で研究員兼野生動物専門の看護師として働く武良千里南さん、スノーボードを自ら滑りながら撮影する映像作家のニール・ハートマンさん、パン屋を営みながらブルキナファソの野球を応援する出合祐太さん、ステージパフォーマンス集団を主宰する加賀城匡貴さん、鉄道フォトライターの矢野直美さんと、なぜその仕事なのか、どうやってその目標を見つけたのかというお話がそれぞれにとても興味深かった。
 不思議なことにというか、やはり当たり前というのか、皆さん口を揃えて「子供の頃から好きだった」とか「小さい時の原体験から」とか「もともとそういう気質だった」などとおっしゃる。
 “好きこそ物の上手なれ”というのはやはりほんとうかもしれない。
 ただし、好きなことだからただ楽しいだけではなく、ニールさんがしみじみ話されたように「好きなことを仕事にして羨ましいと言われるけど、仕事として継続していくことは大変なこと」という思いも共通であるだろう。「その“大変”というところでやめずに、そこからさらに頑張って乗り越えると自分のものになっていく」その感覚を掴みたくて、それぞれに小さな一歩一歩を刻みながら前に進み続けるのに違いない。
 ラジオを聴いている方から「『ほっかいどう元気びと』を聴くと、自分も何かを始めなくてはという気持ちになる」という感想をいただく度に、そのエネルギーを受け渡す私も幸せな気持ちになる。

池亀由紀さん 今回のゲスト、札幌の厚別で「木型干菓子工房ゆらり」を構える池亀由紀さん(34歳)も、他にあまり例のない独自路線を自分で作り出してきたおひとりだ。
 池亀さんの仕事は、菓子木型を自分で彫って、その型で高級砂糖の和三盆が原料である干菓子を作り、自宅兼工房で販売を行っている。
 そもそも江戸時代が発祥と言われている干菓子自体北海道では当然馴染みが薄く、その伝統的な菓子木型を作る職人もほとんどいないという希少なものだ。
 池亀さんがこの仕事を始めたのは、子どもの頃からの木工好きが高じてのこと。お菓子を作りたかったのではなく、とにかく木を彫ったり形作ったりするのが大好き。その流れで菓子木型に巡り合ったのだと、初めに木工ありきを言葉少なに話す。
 家具を作る会社でその腕を振るっていた時、道外で伝統的に作られている菓子木型に出会い、自分がやりたいのはこれだと弟子入りを志願。門を叩いたその職人の方は弟子を取らない方針のため、「自分は弟子とは名乗れないので、教わった方のことを詳しく話すことは出来ない」と修行中のことは語っていただけなかったが、その期間に菓子木型作りをマスターして北海道に帰り、木型を彫りながら干菓子も自分の手で作り、お茶席などのお菓子として喜ばれているという。

菓子木型 100個以上は作っているというその菓子木型を実際に見せて貰ったが、菊の模様や稲穂の垂れる感じが実に繊細に彫られ、ひとつひとつかたどった干菓子を思わずしげしげと眺めてしまう。「よくこんな細かい技が」と感嘆するとニコニコと笑いながら「私は職人と言えるほどでもないし、木型作りも干菓子作りもやろうと思えば誰でもできますよ」とこともなげに話す。(いやいや、到底出来る代物ではありません・・)
 そして、「木型を作るのが好きでこの仕事を始めたので干菓子作りはそれほど好きではない」とあまりに正直。ある時、お客さんに他のよりも美味しかったと言われて干菓子にも美味しい美味しくないがあるのかと気づき、それから味も大切にするようにしていると、素直な気持ちがそのまま言葉になる。
 池亀さんは工房を立ち上げて間もない時期に左の親指と人差し指の先を失う大ケガをしているが、その経験で何かに気づいたとか特に大きな変化が起こったということもないですねと、終始おっとりとした雰囲気。好きで選んだ仕事への思いや原動力を聞かせて貰いたいこちらの質問もひらりひらりとかわされてしまうのだが、好きなことを仕事にしている“職人”と言われる人たちにとって、他の人には出来ないその取り組みのひとつひとつも“特別なこと”ではないのだろうと感じたやりとりだった。

池亀由紀さん その人の、その仕事は、どうやってその人のものになったのか。
 「働くこと」にまつわる悩みが増えている時代だからこそ、この番組ではこれからも様々な分野の方々の仕事観や、働くことで気づいた人生観を浮き彫りにしていきたいと考えている。
 今回池亀さんにお話を伺った中でもうひとつ感じたのは、やはり「好き」はパワーを生み出すということである。お話の感じから「しゃにむに頑張る」という言葉が当てはまらない印象だったが、「宝もの」の問いかけの中で、菓子木型と出会って修行の旅に出た時の行動は後にも先にも無いようなパワーが出たという思い出を話してくれた。聞けば、「親には、もう北海道には帰らないと言って出掛けたほどの意気込だった」とのこと。
 「自分がやりたかったことはこれだ」とスイッチが入った時、人は「あの時よくああいう行動が出来たものだ」と、自分でも驚くようなパワーで前に進むことがある。
 自分の中に「好き」を持っている人は、きっかけがありさえすればそういう力が一生に何度か自分の中から湧き出てくることがあるのだ。そして、1回でもそんな力を絞り出せたことで、自分の中に何かが“インストール”される。
 それは、多分、その後の自分を支える大事な何かだ。

(インタビュー後記 村井裕子)

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