8月11日放送

 何か取りんでいることが上手くいかずに「もうこの先進めないかも」と思った時、絶妙なタイミングで人や出来事が目の前に現れ、あれよあれよという間に好転したり、気持ちが救われたりすること。それは、大小にかかわらず誰しも経験することだろう。
 それは何なのだろう。一生懸命取り組ませてギリギリまで試練を与え、それを誰かがどこかで見ていて、「ふむふむ、そろそろいいだろう」と助けの手を差し伸べるのだろうか。芥川龍之介の「蜘蛛の糸」のように。そうだとしたら、カンダタのようにけっしてその「蜘蛛の糸」を独り占めにしたりしないで、目に見えない救いの手に感謝し、他の誰かを救う自分にならなければならない。
 ここまでの道のり、そういう偶然の救いが、大きいものからさりげなく小さいものまで沢山いただいてきた実感のある私など、これからの人生の後半戦で山ほどのお返しをしなくてはならないだろう。

奴田原文雄さん 今回の「ほっかいどう元気びと」のゲスト、モータースポーツのラリーのドライバーである奴田原文雄さん(恵庭市在住 49歳)も、長いラリードライバー生活の中でいろいろな人や出来事に助けられてきたと話すひとりだ。
 高知県出身の奴田原さんは、大学入学で来道し、その後沢山の出会いに導かれるようにラリーの世界へ入って行ったという。
 1986年のデビュー以来、全日本ラリー選手権では8度の総合チャンピオンに。2006年のモンテカルロラリーでは日本人として初めての優勝を果たすなど、日本ラリー界を代表するトップドライバーとして活躍しているが、最初は建築関係の会社やタクシー会社に勤めながらの二足の草鞋。早い結婚だったという奥さんにもずいぶん資金的には助けられたそうだ。

奴田原文雄さん そんな中で、「もうやめよう」と思った時もあったと言う。
 北海道内の選手権でチャンピオンを2度ほど獲り、全国を転戦する全日本選手権に出ようと思うが、なかなか上にいけず、スポンサーも付かずで資金が底をついた時のこと。
 奴田原さん曰く、「一度ほんとうにやめたのだけれど、やっぱりまた出たくなった。出たいなと思っていたら、知り合いから『車を貸してあげるよ』と声が掛かって上位入賞。その後も欲が出て、やっぱり出たいなと思っていたら、今度は違う人が『じゃあ、うちの車に乗らないか』と」
 今考えても信じられないと言うが、そういった絶妙に出現する人の支えで、途切れそうだった道が繋がったのだそうだ。
 折々に現れて窮地を救ってくれる人や出来事。
 「どういう引き寄せの力が働いたのでしょうね?」興味津々で問いかけてみたが、奴田原さんは「わかりませんねえ・・」と一言。
 そう、それが分かるのはお天道様か御釈迦様だけ・・だ。分かっているのは、「いい仲間に恵まれた自分は幸せ者だった」という素敵な事実だけ。

 ただ、話を聴いているうちに、この人のために何かしてあげたいと思わせるような「元気びと」達の共通項が少しずつ奴田原さんからも伝わってきた。
 「ラリーの醍醐味は?」という問いかけに、「同じモータースポーツでも、サーキットレースは他者との闘いだけれど、ラリーは自分との闘い。人と争わなくてもいいところが性に合う」と穏やかな笑顔で言う。
 そして、そのための鍛錬として特に何かをしているわけではないけれど、自分をコントロールするという意味で最近気づいたことがあると続ける。
 それは、「自分の性格をよく理解して、自分がいい走りをする時はどういう精神状態なのかを考えることで結果も付いてくる」ということ。
 昔は、頑張ろうと思うと「行き過ぎてしまう」性格だったが、それではタイムは出ない。逆に気持ちをゆっくり目にスタートさせるためには何をすればいいのかと考えるようになった、と。もうひとりの自分が俯瞰で自分を見ているような客観性。
 案外自分でも把握できていない自分の考えグセを知り、面倒がらずに自分に向き合い、問いかける。勝つべきは他の誰かではなく、自分自身だ。
 人がサポートしたくなるのは、そういう人がさらにどう可能性を花開かせるのか、その後も見ていたいからなのだろう。

 今ラジオを聴きながら車を運転している人に何かアドバイスをとお願いすると、最低限ドライバーは自分の車の状態を知って欲しいというメッセージだった。タイヤはすり減っていないか、空気はちゃんと入っているか、確認が出来た上で走ることが事故を起こさない基本、と。
 自分が使う道具を知ることが安全運転の基本でもあるのだ。

 スピードとたえず向き合う職業の人と普段あまり話す機会が無いが、スピードと隣合わせだからこそ「穏やかに」「丁寧に」という基本が欠かせないのだと納得。
 奴田原さん、培ったものをこれからは一般のドライバーの人達に役立つような講習などもしていきたいと話す。
 今年50歳。年齢相応に少し目が見えにくくなっていると苦笑するが、取り組んできた中で「たえず今が最高」と言える人。
 過去ではない、未来を見ている視線が爽やかだった。

(インタビュー後記 村井裕子)

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