7月21日放送

 HBCラジオ「ほっかいどう元気びと」が、私の日々の中で毎週インタビューをし、コメントを考え、インタビュー後記を書くというサイクルになって早いもので2年と4ヶ月。
 その他に、道内各所の定期講座に出向いたり、研修を頼まれて地方へ行ったり、朗読会を企画したり呼ばれたり、最近では後進の指導にも携わる仕事が加わり、気づけば「こんな日々を過ごしたかった」といった濃密な時間を味わっている。
 時の流れの中で与えていただいた仕事、そのひとつひとつは違うアプローチが必要な取り組みなのだが、これも改めて俯瞰してみると絶妙な按配で影響しあっている。面白いことにすべての糸が網の目のように繋がっているのだ。講座のために学んでいたことがインタビューに役立ったり、番組で深い話を聴かせていただくことでの気づきが講座のヒントになったりというように。

細貝陽子さん 今週のゲスト、札幌の「花ときのこ ほそがい」の細貝陽子さんにインタビューした時、私は北海道文学館の朗読会「宮沢賢治の世界」を無事に終えたばかりで、頭の中はすっかり清々しく爽やかな「賢治ワールド」に満ち満ちていた。だからなのかもしれないが、細貝さんの「農」に対する想いが慈雨のように染み込んできて、それは自分でも面白い感覚だった。喩えていうと、朗読のために賢治のひとつひとつの言葉を咀嚼していくことで、まるで賢治の講義を実際に受けたかのように農業という仕事が持ち得る深さや尊さの概念がそれまで以上に感じられるようになっていたのだ。
 そんなふうに耕されていた私の中の「土」に染みてきた細貝さんの想いは、札幌という都市であえて農業に取り組み、消費者と近いところで農業(=食を作り出すということ)の大切さを伝えていきたいということ。
細貝陽子さん 25年前、夫と営む八百屋の傍ら原木によるしいたけとなめこ栽培をスタートさせ、4人の子供を育てながら農業の学びを続け、花栽培で新規就農したのが細貝さん50歳の時。今後は、小規模農家や新規就農をしたい人、兼業で農家をしたい人などの役にも立ちたいと夢を語る。
 伝わってくるのは、何と言っても「楽しんでいる」というエネルギーだ。
「これから、若い人たちと畑を耕しながら、休みにはコンサートを開いて収穫祭をするとか、音楽関係の仲間や知り合いたちと街中で一緒に販売するとか、若い人たちに楽しんで農業に関わってもらいたい」
 「農」という命を育む食を生み出す仕事への誇りと、種を蒔いて手を掛けると子供のように育ってくれるという充実感、そしてそんな暮らしを横につなげていくワクワク感に溢れていた。

 「世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」という有名なフレーズは宮沢賢治の「農民芸術概論綱要」の序論の中にあるが、東北は岩手という地で農民の理想郷を作ろうとした賢治の意志表明、今の言葉で言えば「ビジョン」ともいうべきものだ。「農民は芸術家であり、宗教家でなければならない」という発想は古びるどころか、今のこの時代へのメッセージかと思うような精神的変革を促すものになっている。そして、人が生きる真理を踏まえながらどう楽しく日々の仕事をしていくかというポジティブな構想は、今で言う「イノベーション」だ。
 賢治は「農民芸術の綜合」のくだりでこう説く。
 ……おお朋だちよ いっしょに正しい力を併せ われらのすべての田園とわれらのすべての生活を一つの巨きな第四次元の芸術に創りあげようでないか……

 宮沢賢治が亡くなってから80年が経つが、そんな文章に触れてハッと気づくのは、「現代人の辛さは、仕事と生活が切り離されてきたことから生じてきていることもあるのではないか」ということだ。
 「詞は詩であり 動作は舞踊 音は天楽 四方はかがやく風景画」という表現にあるように、毎日の労働と信仰心、さらには芸術が網の目のように繋がり合う生き方を「農」で実現しようという賢治の想いは、まさにどの時代にでも興す価値のある「変革」だ。
 その、農業による「一つの巨きな第四次元の芸術」という賢治のユートピア構想は、37歳という早い死によって完遂することなく終わってしまったが、細貝さんのような話を聴くと、ここにもあそこにも、もしかしたら沢山の現代の賢治がいるのではないかという気持ちになる。

 細貝さんは、「これからが自分が果たせる役割の本番」と話す。共感し合える人たちを農業というキーワードで巻き込んで行く、その先導役。
 「間違っていると思ったら、きっちり言いなさい。言ったことには責任を持ちなさい」という気概で育てたという息子さんたちも農業という仕事を選択し、次に続いてくれると嬉しそうに教えてくれた。
 「農民芸術概論綱要」の結論の中に、これも有名なフレーズがある。
 「永久の未完成これ完成である」
 膨大な推敲途中の原稿が遺され、何ひとつ完成させたものが無かった賢治だが、沢山の真実の言葉や想いを遺し、それが時代を超えて繋がっている。
 人が生きて死んでいくことは、かけがえのない「未完」の繋がり。循環。
 農業という仕事は、それを最も感じられる生業(なりわい)なかもしれない。

(インタビュー後記 村井裕子)

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