6月16日放送

 「最後のひと葉」や「賢者の贈り物」などでお馴染みのアメリカの作家オー・ヘンリーの作品の中に「桃源郷(アルカディア)の短期滞在客」という短編小説がある。
 ブロードウェイの中にあってオアシスのような役割を果たす「ホテル・ロータス」。都会で避暑地の快適さを享受する上流の客人たちに混じって、やはり上流階級とおぼしき気品あふれる女性とひとりの青年とが出会う。優雅な会話を交わし合ったふたりだが、旅立つ前夜、彼女は実はデパートの靴下売り場で働いており、給料の中からせっせと貯金をして、1週間だけ貴婦人のような暮らしをしてみたのだと切なげに打ちあける。ドレスも月賦払い。この1ドルは仕立屋への支払いと財布から紙幣を取り出す。問わず語りを聞いていた青年はその1ドル紙幣を取り上げ、受取書を書いて渡す。自分はその仕立屋の集金係で、僕もご同様ひとときだけ豪勢な暮らしをしてみたかったとにこやかに打ち明ける。
 同じような休暇の使い方をしたことがわかって一気に打ち解けたふたりは、本来の自分たちにふさわしいデートの約束をして別れる。そんな、オー・ヘンリーらしい物語。
 ドレスの仕立屋である「オドウド・アンド・レヴィンスキー」という店名や靴下売り場のあるケイシーのマンモスデパートなど、オー・ヘンリーの作品には洋服にちなんだ用語が沢山出てくる。また、来る日も来る日も地道に働く労働者たちが上級の装いに憧れを抱く場面も多く、彼が生きた1800年代末から1900年代にかけてというのはどんなファッションだったのだろうと、楽しい想像が掻き立てられる。

鈴木洋さん 今回の「ほっかいどう元気びと」は、アメリカンカジュアルのセレクトショップ「コニーアイランドストア」を経営する旭川の鈴木洋さん。オリジナルブランド「OILCO」のデザイナーでもある。  鈴木さんのファッションのこだわりは、オー・ヘンリーの時代にもその前身となる洋服があったかもしれない1900年代前半のアメリカのワークファッション。ジーンズはもちろん、キャップやチノパン、スウェット、ウエスタンブーツ、ダンガリーシャツなど、当時の労働者をほうふつとさせるデザインを今風にアレンジし、全国に発信している。
 アメリカンカジュアルファッションを仕事にすることになる鈴木さんの心をガッチリと捉えたのは、10代の頃に出会った70年代の映画「イージーライダー」であり、ミュージシャンのニール・ヤングだったそうだが、アメリカへの憧れは単なる一時の夢ではなく、大学を中退してまでも渡米したという経験からも人生を左右する大きな影響力だったというのが伝わってくる。
 「好き」の最上級を体感してしまったのだ、最も感受性の強い時期に。

鈴木洋さん スタジオに現れた鈴木さんは、初夏らしいジッパー付きのシャンブレーシャツにゆったりめのジーンズ。「OILCO」のキャップのさり気ないかぶり方はさすが。日本にもこういう50代、60代が増えたらカッコいいだろうなと素直に思う。
 一見無口な印象だが、シャツのディテールの話になるとほんとうに楽しそう。補強のために襟の裏や袖口裏に縫い付けられている別素材の生地へのこだわりや、両裾脇からわざわざ糸を飛び出させているユニークなデザインの説明が次々に溢れてくる。
 そして、決まりきった道ではない道を選択してきた人ならではの人生観も訥々とにじみ出てくるのが印象的。
 ニール・ヤングがその昔「ハート・オブ・ゴールド(邦題「孤独の旅路」)」という歌の中で歌った「心のなかの一番大事なものを探し求めていきながら歳を重ねていく」というフレーズがずっと心の真ん中にあり、未だ探し求めていると話してくれた。
 一番大事なものは何か。それを意識する人生かそうでない人生かで、行く先は大きく違ってくると私は思っている。
 憧れから導かれた生き方を心棒にし、「着る」という自己表現の心地よさを発信するという探し求め方をする中で、鈴木洋さんの「金色の心」はこの先どんな輝きを増していくのだろうか。

 アメリカの当時の空気やファッションまでも伝わってくるようなオー・ヘンリーの短編小説「桃源郷の短期滞在客」の中の身分を明かしあったふたりは、最後にデートの約束をして別れる。
 「土曜日の晩に、ぼくとボートでコニーに出かけてみませんか?」
 ニューヨーク市の南部にある有名な海浜行楽地であるコニー・アイランドは、ちょうどオー・ヘンリーの生きていた時代に庶民の一大娯楽場となったところだ。
 最もアメリカらしい場所。
 きっと店名に付けた鈴木洋さんの夢も、その象徴的な場所に熱く込められているのだろう。

(インタビュー後記 村井裕子)

※参考資料
「オー・ヘンリー傑作短編集 最後のひと葉」(大久保康雄訳 偕成社文庫)より「桃源郷の短期滞在客」

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