3月24日放送

中島宏章さん これからの未来、こんなふうに柔軟な意識を持つ若い人達が増えたら世の中もっともっと生きやすくなるだろうな。
 「ほっかいどう元気びと」の今回のゲストの動物写真家・中島宏章さんと話していて、そんなことを感じた。
 一言で表すと、「しがらみや呪縛から解き放たれた自由な発想」とでも言えばいいか。
 「男だから、女だから、年だから、◯◯だから」という括りにとらわれない、人として何が大事かの生き方をぶれさせないようにしていきたいという思いが、飄々とユーモラスな口調から伝わってくる。
 「『写真家たるもの、すべてのものを投げ打っていい写真を追求し続けるべき』というのが、どうも団塊の世代以上の写真家達の『常識』になっていたようなところがあるんですが、僕は違った道もあると思うし、そういう道をこれから作って行かなくてはとも思うんですよね」
 中島さんは淡々と語る。ひと世代前の男性たちは仕事と家族とを天秤にかけるところがあり、プロの道を追求する以上家族を顧みなくても構わないといった二者択一の思想を持っていた人も多かったようだが、自分は家族も大事だし、家事だって生きていくために男も女も関係なく大事なこと。そこを蔑ろにしてはいけないと思う、と。
 私は、心の中で拍手喝采。それは未来の子供達のためであり、大事な命を考えることにも繋がっていくと、収録の後も「『常識』とされていることの本質や、ものの見方や考え方、これから求められる選択」などについて話が尽きなかった。

中島宏章さん だから、惹かれたのも「コウモリ」だったのだなあと、中島さんの発想や視点を知ると、その理由が面白いように浮かび上がってくる。
 かつて勤めていた環境調査会社でコウモリの存在を初めて意識するようになった中島さんは、世間のコウモリの偏見とその実態があまりにもかけ離れていることに気づいていく。
 実はこんなに可愛らしいのに、西洋の映画に出てくる「コウモリ=吸血鬼」のイメージのおかげで「気持ち悪い」ものの代表のように扱われ、動物としての高い能力は認められずにマイナスばかりクローズアップされているのは理不尽じゃないか、と。
 「それはどうなっているのか?」という好奇心の強い中島さんは、まず、沢山の種類がいるのに目にすることの少ないコウモリが何処にいるのかということから探求を始め、耳の長いウサギコウモリや手のひらサイズのコテングコウモリの愛らしさに魅せられていく。
 今までの見慣れた街の風景やただの山や林だったものが、いつしか「コウモリの棲む場所」となり、そうやって見ると身近な自然もぐんと愛着が増し、中島さんはコウモリや彼らが棲んでいる場所を写真に納めていく。
 「私達が見ているものは、実は見たいものだけ見て、そこに何かがあっても見落としていることが他にも多いのではないか」という気づきは、人生にとって強力な変換スイッチ。コウモリがそんなきっかけになるなんて!と、私もどんどん話に引き込まれていった。

 写真家として独立しようと決心したのは、長女が生まれた時だったそうだ。
 「あなたの宝ものはなんですか?」で語られたエピソード。娘さんふたりとも自宅出産で取り上げたそうだが、長女がこの世に生まれ出て来た時の衝撃はかなりのもので、「涙が塊のようになって出た」ほど、人生を大きく揺さぶられる出来事だったと言う。
 「ふたりの子供が生まれた瞬間が宝もの」と話す中島さん、「その瞬間の衝撃とは、中島さんにとってどんなもの?」との問いかけにこう答える。
 「勿論、嬉しさや安心感、いろんな要素が含まれているけど、ついこの間まで小学生だったような自分が親になった。人間の一生って、人生って、実は短い一瞬なんじゃないかという衝撃だった」と。
 生まれたばかりの赤ん坊と夫婦でその晩は一枚の布団にくるまり、「親としてどうあるべきか」を考えた中島さん、「これまで文句ばかりで会社勤めをしてきた。清々しく生きていくために、会社を離れて自分の納得いく道を進もう」と今の道を決意したのだそうだ。

 「人が決めたルール」や「人が思いこんでいる当たり前」、そんな殻を私達は知らず知らずに身につけ、それが幾重にもなって自分を縛り、窮屈にさせている。
 「コウモリ=気持ちが悪い」というイメージは人間が作った勝手な思い込み。コウモリがひとつの例で、そういった偏見をひとつひとつ外していくといろんなことが楽しくなってくるという中島さんの発想には、ほんとうに清々しい共感を覚えた。
 「コウモリの写真展をすると、可愛い、飛ぶ姿が美しいと言って喜んでくれるのは大体が女性と子供。そんなのどこがいいんだというおじさん達はもう置いていっていいかと思う」
 冗談混じりでそう話す口調に力みはない。次世代を切り開こうとする人のしなやかさが感じられた。

 お上の言うことは絶対、間違いない。科学は万能。経済優先。常識人になれ。
 すべてが2年前のあの震災でガタガタになった。
 誰かが決めたことに従っていればいいという時代は過ぎ去って、ほんとうに大変な時代を私達は、そして何より次の世代の子供たちは生きて行かなくてはならない。
 自分で目を見開き、ほんとうのものを捉え、考え、選択する。
 それが、ひとりひとりがこれから付けていかなくてはならない力。

 「理不尽なコウモリ」は、案外大事なことをメッセージしてくれているのかもしれない。

(インタビュー後記 村井裕子)

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