3月17日放送

桐越陽一さん 今回の「ほっかいどう元気びと」は、札幌で紙芝居師を続ける桐越陽一さん74歳。
 実演もしていただいたが、何も読まずに独特の節回しでお客の気持ちを惹きつける語りは健在。昔懐かしい「黄金バット」や民話などをお祭りや高齢者施設で披露する一方、恒例になっている北海道開拓の村で上演される紙芝居の指導にも取り組んでいるという。
 自分が作る世界に見ている人が入り込むのが紙芝居の醍醐味とか。その世界観をどう作り出すかが決め手だけに、失敗は許されないと気概がにじむ。
桐越陽一さん 大勢の人を注目させる話芸を身につけた桐越さん。子供時代から素質があったのですかと伺うと、物心がつく頃から引っ込み思案で人と話すのが大の苦手だったそう。どうにかして自分を変えて人前で話せるようになりたいと、昭和40年代の札幌にも支部があった「腹話術研究会」に入ったと話す。
 「言いたいことは人形に言わせればいい」と苦手意識克服の意識により自分の中の何かが変化していき、「たまたま娘の誕生会に、家にあったソノシート付きの紙芝居を自分で読んだ時の子供達の笑顔が忘れられず、紙芝居の道に入っていった」と紙芝居師を選んだきっかけを教えてくれた。

 「何らかの才能を発揮している人は、元々はその分野が苦手だった」ということを聞いたことがある。コンプレックスと才能は背中合わせ。苦手なものに一生懸命取り組んでいると、それが「大化け」することがある、と。
 それは確かにあるのではないかと思う。自分の最も引け目を感じる「弱み」だから気になる。気になるからいつも意識している。意識しているのでいつの間にか自分の中にそれに反応する感度の高いアンテナが立っている。だから、関する情報がどんどん入ってくる。出会い頭に「えいっ!」と掴んでみると、まさに苦手と向き合って、真剣勝負。人はそういう時に底力が出て「弱み」が「強み」に変わっていくのではないだろうか。
 私自身も「大人しく、口数が少ない」と思われていた子供で、自分の中に表現したいことは一杯あってもいつも声が小さいと言われていたので、「話す」ことが弱みになっていた。今思えばほんの些細なきっかけだったが、高校で放送部に出会って声の出し方を鍛えたことによって、それまで「表現するのを妨げていた殻」のようなものが一気に取れ自由に表現できるようになった。「殻」が破れたことでアナウンサーという一生の仕事が見つかり、今「話し方」講師まで仕事にしているとは自分でも不思議なものだと思う。

桐越陽一さん 桐越さんの殻が取り払われたのも、腹話術を経て「紙芝居」という表現に出会ったから。  若いときの本職は公務員で、「樹木に関する分野だったから山で発声練習する時間があってよかった」とユーモアたっぷりに話す桐越さんだが、四角い絵の中の主人公達は、桐越さんが語りを付けると生き生きと動き始める。「黄金バット」の声色や悪にさらわれる「まさえさん」の声を表現するときの桐越さんはほんとうに楽しそうだ。

 「表現の種」は誰の中にもあるのではないかと、私は思う。
 公務員の仕事をしてきた普通のお父さんの桐越さんの中にも、無口な子供だった私の中にもそんな種はあり、それを咲かせて誰かが喜んでくれることが何より嬉しいから、もっともっとと自分に出来る限りの技を磨いていきたいのではないか。
 それを改めて確信させられるのは、私自身のライフワークである朗読表現の楽しさを分かち合いたいとの思いで10年近く続けている「朗読教室」。通い続ける生徒さん達の、目を見張るような変化に日々触れているからだ。
 毎年この3月の末、道内各地の「村井裕子朗読教室」の仲間達が集う「朗読祭り」という発表の場を主催して5年目になるが、「普通の主婦なんですけど・・・」という人達のその吸収の素晴らしさ。取り組みの真摯さ。それを積み重ねることで幾重にも持っていた「殻」が取れていき、輝きを増していく。そして、そこからのその人その人の心の表現の何と胸に響くことか。1年1年感動させられている。
 誰の中にも表現の種はある。朗読表現というフィルターを通して「私の中にもこんな力があったのだ」と自分に感動する姿を見て私はそれを確信し、もっともっとと引き出したくなる。

 紙芝居師の桐越陽一さんは、「自分の年代の人達も家に閉じこもっていないで紙芝居や大道芸の楽しみをどんどん体験してほしい」と強調していた。バナナの叩き売りやガマの油売りの口上を覚えて言うだけでも頭の活性化になるし、何より楽しいよ、と。
 いくつになってもその「種」は心の中で枯れていない。その人が気づくのを待っている。ちょっとしたきっかけでそれは春風に当たったかのように芽吹いていくのだ。

 ちなみに、表現の種を互いに育み合って今年5回目を迎える「春の朗読祭り」。嬉しいことに、去年4月29日に「ほっかいどう元気びと」のゲストだった縄文太鼓の茂呂剛伸さんが私の今年の朗読に太鼓をコラボレーションしてくれることになっている。
 1年前のインタビュー後、「茂呂さんの太鼓に朗読を合わせたら面白いでしょうね」という私の提案に対し、普通なら「いつか出来ればいいですね」で終わってしまいがちだが、茂呂さんは去年の4月の時点でこう言ったのだ。「その催しはいつですか?来年?日程決まったらすぐに連絡ください。是非やりましょう!」と。
 おかげで実現した「朗読×縄文太鼓・ジャンベ」の融合。新たな試み。
 「ほっかいどう元気びと」のおひとりおひとりとのご縁がそうやって続いていくことが、今の私の大切な宝ものだ。

(インタビュー後記 村井裕子)

HBC TOPRadio TOP▲UP