2月17日放送

山崎亮一さん 「ほっかいどう元気びと」、今回のゲストは三笠の「山﨑ワイナリー」で醸造を担当する山﨑ファミリーの長男・亮一さん31歳。
 「山﨑ワイナリー」のワインボトルのラベルには5枚の花弁がデザインされている。畑作・稲作農家を継いでいた父親の和幸さんの「うちはこれからワインを作る」という宣言により、夫婦・長男・次男・長女が力を合わせて北海道を代表するワインの銘柄に育て上げたという家族の団結ストーリーが、指紋を象ったという5つの花びらに象徴されている。
 物静かな印象の亮一さん、「こういう場で喋るのはもっぱら栽培と販売を担当する弟の役目で、醸造を取り仕切る僕は根っからの話し下手で」としきりに恐縮する。
 だが、そこが「ほっかいどう元気びと」の「ほっかいどう元気びと」であるゆえんだ。
 大切にしたいのは、「どんな仕事をしているのか、どんな製品を作っているのか」の説明ではなく、その人が「どんな気持ちで取り組んでいるか」の想い。それを掘り起こすことでご自身の中にある力を再確認していただきたいという思いで番組を作っている。
 そして、何よりその素直な思いから出てきた言葉は必ず人に届くし、必ず誰かの心を共感させ、誰かの力の源になると確信している。ひとりの「元気びと」の気づきや言葉が、たったひとりでもその心に深くしみて生きる勇気になったなら、百回百人続ければ百人の心を震わすことが出来る。千回なら千人だ。そうやって、大多数がどっとなびくような、いわゆる「ムーブメント」ではなく、今この時代に最も必要と思う「生きる力」のヒントをひとつひとつ丁寧に発信していきたいと思っている。

山崎亮一さん 「山﨑ワイナリー」は、31歳の亮一さんが高校生の時に父親和幸さんの決心でスタートしたという。代々続く畑作・稲作農家だから自分も農家を継ぐものだと農業高校で学んでいた亮一さん。父親の「ワイナリーを始める」という宣言は、そのまま家族5人がその一大事業に関わるという頭数になり、亮一さんは東京農大の応用生物醸造科で専門的に醸造を学び、ワイン作りの大事な一翼を担うようになる。
 聞けば、父・和幸さんの行動がまさに開拓者。農業研修でニュージーランド、オーストラリアに行きワインに魅せられた和幸さんは、新潟のワイナリー経営者との出会いがきっかけで三笠の地にブドウを植え始めたそう。こだわりは、本州では難しいとされる醸造用品種の「ピノ・ワール」。この赤ワインの元となるフランス・ブルゴーニュ原産のブドウ栽培に成功し、2001年に「山﨑ワイナリー」を設立して以来、道産ワインの価値を高めてきた。 長男の亮一さんは寡黙だが、言葉の端々に父親への尊敬の念が溢れている。聞けば、父親が苦心してまでワイナリーを興したのは、自分自身やりがいが感じられる仕事を息子達へも引き継ぎたかったからだという。

 寡黙な人は、時間をかけて質問をしていくと、宝もののような言葉をぽろりと外へ出してくれる瞬間があるものだ。収録後、恒例になったコメント紹介の「あなたの宝ものは何ですか?」の問いかけをしている中で、こんなやりとりがあった。
 亮一さんの「宝もの」は「経験」。「経験を積み重ねることで、同じ失敗をしなくなるということを学んでいる最中です」と謙虚に答える。そして、「ワイン醸造の仕事は決して怒ったり、イライラしたりする気持で向き合ってはいけないということも気づいた」と。
 「自分の精神状態が安定していないと味の感覚が鈍るし、向き合うことそのものも出来なくなるので、楽しいことを考え楽しい気持で仕事に向かうことを心がけている」と話す。
 更に「より良いワインを作るためにどんな人間性を身につけていきたいですか?」と質問を重ねた時のその答えだ。
 「父の背中をずっと見てきたので、やはり父のようになりたい」と一言。
 「お父さんのどんなところが理想の人間性?」との再びの問いに答えてくれたその言葉に私は惚れ惚れしてしまった。
 「父親は、ここまでするのかと思うくらい、する。決めたこと、言ったことは、必ず成し遂げるところがすごい」
子供に「ここまでするのか」と思わせるくらいひとつのことに向かうということ。言行一致を後に続くものに見せるということ。どれだけ一生懸命に取り組んだら、家族にそう言わせることができるのか。人の頑張りは必ず誰かが見ていて、誰かの心を動かすという大事なことを感じさせて貰った瞬間だった。

 人が何かに一心に取り組む、その思いやエネルギーは目に見えないが、必ずそれは人に届いて、人の中にある何かを動かし、必ず蓄積し、次の世代へ繋がっていく。
 「ほっかいどう元気びと」は早いもので山﨑亮一さんが99人目のゲスト。多くの分野の方々にお話しいただいたが、面白い共通項があることに気づく。
 ひとりひとりが今一生懸命に取り組んでいることは、前の世代から何らかのバトンを受け継いだもので、それを「次の世代に繋いでいきたい」ということである。
 浮かぶイメージは、それぞれの前には一本の道が出来ていて、それは過去の時代から確実に繋がり、自分を通して未来へ繋げて行こうという強い想いの一本道だ。
 「山﨑ワイナリー」の山﨑さんも、「今やっていることを、次へ繋いできたい」と、まだ見ぬ後継者を想像し、遠い目で1本道を見つめていた。

 いい仕事には、連続性が欠かせない。
 あなたが今携わる仕事には、過去から今、そして未来へ、どんな一本道が見えているだろう。

(インタビュー後記 村井裕子)

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