2月3日放送

 自分と向きあう大切さを、前回(1/27)のインタビュー後記で書いた。
 自分は何がしたいのか、何が出来るのか、実は意外と分かっていないためにぶれてしまいがちな自分を「棚卸しする」ということ。
 「自分を棚卸しする」その方法は、押入れの中に詰め込まれたものを「分別」することとイメージ的には似ている。
 場所塞ぎのガラクタと、これだけは捨てたくないという必要なものとを選り分けるように、「今の自分にとってこれは必要か」「なぜ必要なのか、なぜ要らなくなってしまったのか」など、自分の心にあるものを見つめて自分に問いかける習慣を身につけるということだ。
 日々の中、頭の中にもう一人の自分が現れ観察する感覚を意識づけることで自分を客観視出来、行動をコントロールする力を養うことが出来る。
 心の専門家は、「メタ認知」などと呼ぶらしい。
「meta」は「変化」や「超える」という意味を持ち、「メタ認知」とは「認知を認知すること」などと訳される。「自分の行動・考え方・性格などを別の立場から見て認識する行為」を表すそうだ。

宮崎加奈古さん 今回の「ほっかいどう元気びと」のゲストは、筝(こと)・三弦奏者の宮崎加奈古さん。
 宮崎さんは、高校卒業後に進んだ東京の正派音楽院で学ぶ中で、自分自身への問いかけが身についたと言う。
 邦楽のプロの奏者を目指す人たちが通うというこの学校の日々は、ご本人曰く「のほほんとした空気の函館」から出て行った自分にはカルチャーショックの連続だったそう。
 はじめは「親元を離れて、東京での生活を経験してみたかった」という宮崎さんも、邦楽演奏家を目指して昼夜を分かたず練習に励むクラスメイトに揉まれる中で元々持っていた才能をどんどん開花させていき、プロを目指すようになる。気がつけば、2年間で一番優秀な生徒として表彰され、更に1年研究科へ。
 それまで「頑張ったことがなかった」という宮崎さんが、「生まれて初めて、自分の限界まで頑張った経験だった」と話す。
宮崎加奈古さん 「箏のプロになるために、そんなふうに頑張れたことが、今の自分のすべての基礎になった」と。
「私はこれでいいのだろうか?」と問いかけ続けることが出来たから、常に自分の音楽と闘ってこられたのかもしれないとしみじみ語る。

 「闘い」の意味はいろいろあるだろうが、箏の奏者である宮崎さんの闘いは、日本古来の伝統芸術であり民俗音楽である箏の世界をもっともっと広げたいということ。日本人自身の和楽器への関心の低さを何とかしたいという思いで、ジャズやポップスのスタンダードナンバーとの融合に取り組み、洋楽とのセッションも積極的に続けてきたのだと。
 結成したバンドK‘crewの演奏曲の中には、「リベルタンゴ」や「コーヒールンバ」、カッシーニの「アベマリア」などもあって、箏と言えば、新春恒例の「春の海」のイメージで固定している頭には新鮮な音が次々に響いてくる。テンポのある曲などは思わず体がスイングするようだ。
 「私はこれでいいのか」といった、問いの連続が引き出す可能性。
 音楽や芸術の分野でのその「闘い」はきっと過酷なものであると想像するが、突き抜けたそこからまた新しい何かが始まるとしたら、どんな取り組みにも共通しているだろう。

 「そんな積み重ねの中で気づいたことは?」と宮崎さんに訊ねると、「出づる月を待つべし 散る花を追うことなかれ」という言葉とともに、「出来ることはとことん頑張る。けれども、出来ないことは出来ないとあきらめて、後ろを振り返らずにポジティブに生きていくこと」という人生観を話してくれた。
 「『己を知るものこそ幸いなり』。それは音楽も人生も一緒。私はこれでいいのだろうかと常に自分に対して厳しく問いかけ、その瞬間を一生懸命生きていくことが大切だと思っています」と、爽やかな笑顔だった。

 ふと、前回ゲストの札幌オオドオリ大学学長・猪熊梨恵さんの話を思い出した。
 建築を学んだ高専時代に出会った先生はこう言ったそうだ。
 「実は、皆がアーティストで、皆が創り出す人だと気づかなくてはいけない」
 そうして先生は問いかけた。
 「やろうと思えばやれる。やるのかやらないのか。君はどっちになるのか?」と。
 先生によれば、「ご飯を作るお母さんも、農家さんもひとりひとりがパワー溢れる創り手」。あなたの中にある力を自分で認識してごらんという働きかけだったのだろう。

 「私って、何を創り出せるだろう?」
 「すでに何を創り出しているだろう?」

 「問い」の世界は可能性に満ちている。
 ゆっくり問いかけてみると、自分自身の新たな役割に気づいて、更なる力が湧いてくるかもしれない。

(インタビュー後記 村井裕子)

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