1月6日放送

栗城史多さん 「ほっかいどう元気びと」、2013年最初のゲストは、登山家・栗城史多さん。
 世界の最高峰を目指し、「冒険の共有」を目的にインターネット生中継などの新しいチャレンジを続ける若き道産子。かなり前から話を直に訊きたいと思っていたし、必ずいつか会えるだろうなと、インタビュアーとして夢見ていた人だ。
 自分が最高峰に挑戦し続けることで、それぞれの場でそれぞれの山を登っている人たちの背中を押したいという栗城さんの使命は明確。実際にこれまでどれだけの人の勇気と希望になったことだろう。
 何故、過酷さも引き受けながらぶれずに夢を持ち続けることが出来るのかを訊いてみたいと思っていた。

栗城史多さん 去年10月、インターネットで、栗城さんの写真とともに「4度目のエベレスト登頂断念」というニュースが配信された。
 両手指が凍傷で真っ黒になった写真にこちらの背中も凍る思いがしたが、とにかく「生きて帰ってきてよかった」と思った。こういう「人のために頑張りたい」と辛さも痛みも引き受けようとしている人は、今のこの時代にこそいて欲しい。どんな山にチャレンジしようとも、必ず戻って来てくれなければならない。

 東京の事務所をお訪ねしてのインタビュー。両手指の白い包帯は痛々しいが、穏やかな笑顔の栗城さん。まずは今の心境を伺うと、「4回もの登頂断念と切断しなくてはならないだろう指のことで皆さんが辛いだろうと心配してくださるが、一言で言うと楽しかった」という言葉がにこやかな声と共に返ってきた。
 なぜなら、冬に向かう厳しいシーズンのエベレストで、しかも難関と言われる西陵ルートに対して「一生懸命やれた」し、生命の限界点でちゃんと帰って来ることが出来たから、と。
 さらりとした表情で「また、2013年もまた登ります」と話す栗城さんに、「体の一部を失ってもなおそういう考え方が出来るのは何故?」と私。
 栗城さんは、質問に丁寧に答える。
 「指を失っても、命はあるし、足もある。不便なことは確かにあるが、自分の中で課題を見つけてまだまだトライできるんじゃないか」と。
 言葉に気負いなど微塵もない。そこまでする意味をこう続ける。
 「今の日本って、成功しそうなものにトライする傾向があるが、僕があえて難しいものに挑戦することで、伝わるものもあると思う。逆に言うとチャンスなのかな」。
 その後にちょっとボリュームを落とし照れ笑いと共に続けた言葉、「・・・と思って自分で自分を励ましています」に少し本音がこぼれたような気がして、心の柔らかい部分も垣間見せて貰ったような思いがした。

 収録は登頂断念から2ヶ月程。心身ともにかなり辛いはずだ。切断されるだろう指。免疫力が落ちて体調も万全ではない。
 どこまでポジティブなのか?なぜ、栗城さんの心は「折れない」のか?
 以前、この「インタビュー後記」(11月18日掲載)で書いた精神科医フランクルの「態度価値」を思い出した。
 「態度価値」とは、自分では変えることの出来ない運命に直面して、その人がどのような態度を取るかによって実現される価値のこと。つまり、自分がとる「精神的態度」によって、引き受けざるをえない運命をもより良く変えていくことができる、というもの。アウシュビッツの極限状況の経験から書いた『夜と霧』のフランクルが説く「人間が生きる上で大切な3つの価値」の中の最も崇高な価値のひとつだ。
 同じようなことを、聖路加国際病院理事長の日野原重明さんは「運命は自分でデザイン出来る」と表現している。

 栗城さんの精神軸にある「態度価値」が、どんな極限でも栗城さんを励ますのだ。
 そして、それらの考え方の根底にあるのは、いずれも自分の「使命」を持つということ。役割感が実感出来、「誰かのための自分」という心棒を持つと人は強くなれる。

 栗城さんは「僕は普通のお兄ちゃん」と自身を表現する。
 この世に巣食う「不可能」や「無理」という言葉を無くすため、皆が自分の山を登れるように、「普通のお兄ちゃん」の自分がそれを証明したいというのが栗城さんの超前向き力の源泉なのだろう。

 今、若い人たちの目の前の山はどんどん高く、険しくなっている。
 それをどう乗り越えるのか。
 壁を作っているのは、もしかして自分の中にある凝り固まった考え方なのかもしれない。
 では、どんな考え方でそれぞれの生きる価値を見つけたらいいか。
 これからは益々そういう、自分で意識し選びとった「態度価値」が、生きるための最強の「杖」になっていくだろう。

 その「大切」を伝えたくて、栗城さんは新しい年もエベレストに挑戦する。
 「僕は必ず成功すると思うんです」
 栗城さんの口から「夢」がこぼれ出て、辺りの空気が一瞬、清冽なエネルギーを帯びた気がした。

(インタビュー後記 村井裕子)

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