12月16日放送

伊藤広樹さん 「人と人」の縁というのは勿論だが、「人とモノ」との深い縁も確かにある。
 毎回インタビューを通していろいろなことを感じさせていただいている「ほっかいどう元気びと」、今回のゲストは伊達市「寿昆布の北海食品」代表 伊藤広樹さん。おめでたい字を昆布で切り抜いたアイディア食品の生みの親だ。
 しみじみ語る中で印象に残ったのは、「僕は、昆布を文字にするということを昆布に託されたのだと思う。昆布巻きや佃煮だけじゃないよと昆布が教えてくれた」という表現だ。
 20数年前に父親の会社の倒産による借金を返すために発案したという「寿昆布」誕生ストーリーを伊藤さんは流暢に話す。

伊藤広樹さん 伊藤さんの地元は青森。元の三厩村の特産といえば昆布。この昆布で何か出来ないかと考えに考え抜き、ある日ふとインスピレーションが湧いた。青森にはやはり特産の林檎があり、「寿」という字に白く抜かれたおめでたいものが人気になっている。これを昆布で作ることが出来たら!頭の中にピカッとその発想が浮かんだと同時に、すでにそれを目にして驚いたり、喜んだりしている人たちの顔もありありとイメージできたという。どのようにして文字を抜くか、水で戻した時にどうやって綺麗な緑色を出したらいいのか、試行錯誤を続けてようやく完成させ、意気揚々と発売にこぎ着けた・・・という起死回生、乾坤一擲の「寿昆布」誕生ストーリー。
 ところが、売れ行きは予想に反して伸びず、失意の伊藤さんはその特許も取った「寿昆布」を両親に託し、志半ばで妻の実家のある伊達市に移住してサラリーマン生活を送る。
 アルバイトを数々こなし、住宅メーカーの営業マンとして働いて20年近く。その間、折り合いも悪くなった実家とは音信不通。だが、昆布はしっかりと伊藤さんとの縁を結んでいたということか、父親が高齢で店を閉める事になったのがきっかけで、伊藤さんは再び「寿昆布」を引き継ぐことを決心し、心機一転、伊達で「寿昆布の北海食品」を設立することになる。
 その離れていた間の「寿昆布」の身の上も全く知らなかったが、商品のアイディア性を高く評価していた関西の問屋などと着実に取引は続けられていたのだそう。青森のご両親はたった一文字「寿」だけの昆布をせっせと作り続けて、伊藤さんが生み出した「文字昆布」の灯を消さないでいてくれたのだ、と。
 「僕は、昆布を文字にすることを昆布に託された」と話す伊藤さんの元にやはり昆布は帰って来た。しかも、面白いことに昆布の最大産地である北海道という地に。
 人とモノとの縁。若き伊藤さんの頭の中に降ってきたアイディアは、「昆布の新しい生き方」を引き出したのだ。伊達に拠点を移した「寿昆布」は、「寿」のみならず「祝」や「福」「大吉」「合格」、さらには四つ葉のクローバーや北海道の形にまで変幻自在に種類を増やし、受け取った人の目の前、昆布茶などの水分の中で嬉しそうに身もだえして役割を果たしている。
 伊藤さんの思いと、昆布の思い。それは両思いだ。通じ合っているからこそ、インスピレーションも生まれるし、一度離れてもまた縁が繋がる。

 「モノにも思いがある」。
 これはとっても非科学的なことなので真剣にそうだと信じているわけではないが、それでもやっぱり、そういう考え方で生きていくのは悪くないと思っている。
 伊藤さんが「アイディアは昆布が教えてくれた」と語るのを聞いて、ある思い出が蘇ってきた。私自身、大事に使っていたモノの「思い」を感じて涙が出そうになったエピソードだ。
 6年ほど前、新居に引っ越すことになった時のこと。キッチンのガスがIHに変わることになり、それまで10年大切に使っていた土鍋が使えなくなるということになった。
 我が家では、ご飯を炊くのに電気炊飯器を使ったことがない。土鍋で炊くのが好きで、その時の10年選手は3代目か4代目位、伊賀焼きで二重蓋のこだわり土鍋だった。毎晩毎晩、楽しい日も少し辛い日も美味しいご飯を炊きあげてくれ、いつも私達の間にいた。
 いくらIHに変わるからといって、こんなに愛着のあるものを捨てることは出来ない。ひとまず、IHで炊ける炊飯用の鍋を新しく用意して、この土鍋も新居に持って行きましょうと夫婦で相談した。そうして、「では、明日、IH鍋をデパートに見に行くことに」と、話し合った後の夕飯時。炊きあがったご飯は、これまで味わったこともないくらいの極上の仕上がりで、同じお米なのに全く別物。ほんとうに美味しかったので、不思議なこともあるものだとふたりで話し込んだほどだ。
 翌日午後にお米を研いで、その土鍋に水を浸してから新しい鍋を買いに。ご飯が炊ける新しい鍋も見つかりやれやれと家に帰って来ると、キッチンの土鍋を置いたスペースが水浸しになっている。見ると、10年連れ添ったその土鍋はパックリと真ん中から割れているではないか・・・。「行ってしまった」のだ。ひとり、静かに。
 今、こうやって書いていてもなぜか涙が出そうになる。その長年一緒だった土鍋の「思い」を感じるからである。
 新居での活躍の場が無くなった土鍋はすねたのか?怒ったのか?ひねくれたのか?
 いや、そうではない。潔く身を引いたのだ。その証拠に、前の晩にあんなに美味しいご飯を炊きあげてくれたではないか。土鍋の恩返しだ。そして、炊いている最中や持ち運ぶ時に割れていたら大変なことになっていたかもしれない。
 私達のいない時に決めたのだ、潔い引退を。
 「思いは伝わる」。それは相手が人でも、そしてモノでも。ほんとうに一途に思い続けたら、縁は結べる。
 荒唐無稽、非科学的と言われようが、そんな考え方が大好きである。

(インタビュー後記 村井裕子)

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