11月4日放送

 「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」
 サン=テグジュペリの『星の王子さま』の一節。キツネが王子さまのところにやって来て伝えるこの言葉はあまりにも有名だ。

 「ほっかいどう元気びと」の今回のゲストは、NPO法人「北海道カラーユニバーサルデザイン機構」の理事長の谷越律夫さん。
 お話を進めていく中で、ふわりとこのキーワードがこぼれ出てきた。
 「大切なことは、目には見えないんですよね」と。

谷越律夫さん 「一般色覚者」と言われる私達が、「正常」と言われる目で「当たり前に」見ている色。この目に入る色を違った捉え方で認識する「色弱」と言われる人達がいる。それも男性の20人に1人、女性の500人に1人というかなりの割合で。
 「私達」の見えているものがすべてではないのだということをあるきっかけで知ったことが、谷越さんがこの活動へ力を注ぐターニングポイントだったという。
 越さんは印刷会社を営むデザイナーで、当然色に関しても「一般色覚者」の基準で作業を進めてきたというが、10数年前に会社を受けに来た青年が「色弱」だったことをきっかけに「色覚異常」に対する知識と理解を深めていった。やる気も才能もあるその好青年が「色」に関しての弱点に悩み、自ら入社を辞退したことがずっと心の隅に残っていたという。

谷越律夫さん 「色弱」ってなんだろう。彼らが不便なことはなんだろう。調べれば調べるほど世間の理解も薄く、誤解されていることも多い。そして、これだけの割合の「色弱者」がいるのに、なんて世間は「色」に関して無知で不親切なのだろうと気づく。
 そして、それならその人たちにとっても使いやすい設備や環境、情報を整えていかなくてはという使命感に燃えて2006年にNPO法人を立ち上げ、100人近い会員と共に、「色覚のタイプ」が違っても見やすいカラーユニバーサルデザインの普及や、一般の人達に「色弱」に対する意識を深めて貰うイベントなどの開催で啓蒙を続けている。

 人は自分が見ているもの、聞こえているものがすべてだと思ってしまいがちだが、そうではない少数派も安心して暮らせるような世の中を作っていくことが社会のほんとうのしあわせであるという考え方が、谷越さんの原動力だ。
 そして、これまでの活動の成果として、災害時のテレビの緊急情報の色が統一されたり、色弱者へ配慮した製品が少しずつ増えてくるなど、「色のバリアフリー」という意識が浸透しつつあることが、更なるやりがいに繋がってくると話す。

 谷越さん達の活動とその思い。色でイメージしてみると綺麗な水色が浮かんでくる。さらさら流れて透き通る濁りのない水の色。
 収録後、「あなたの宝ものは何ですか?」と問いかけ、NPOスタート当初の様々な葛藤と軌道に乗るまでの不思議な流れを聞いているうちに、そう思った理由が腑に落ちてきた。
 谷越さんの「宝もの」は「出会い」。この活動の過程で沢山の出会いがあり、貴重な繋がりが出来たということが何ものにも代え難い「宝」だと言う。「この活動を支えてくれている人達はほんとうにいい人たちなんです」と心底嬉しそうに。
 何事にしても「活動」というのはその方向性が難しい。どこへ向かうのか、何を求めていくのか、いろんな人達が集まる中でその目に見えない「ベクトル」が活動の本質を決めていく。
 この「カラーユニバーサルデザイン」に関しても、当初は「ビジネス」の延長線上で出来ることはないかと思い描く参画希望者も集まって来たと言う。どうやったら「儲け」が出てくるかが第一義の「ベクトル」。葛藤の中、発案者の谷越さんは「やはりこういう活動こそ、私利私欲で進めてはいけない」と初心に従い、腹を決める。不思議なことに、その決心と前後してビジネス目的の人達は波が引くように撤退。その後から、ほんとうに手助けしてくれる人やいい流れが気持ちよくやってきたのだと、昔話やおとぎ話にあるようなエピソードを話してくれた。
 そして言う。「大切なことは、目には見えないんですよね」と。
 「目に見えないこと」を大切にしながら活動を続けている沢山のボランティアの人達。そんな人達こそが「宝もの」。
 意識の目がまたひとつ開かれたような思いがしたインタビューだった。

 『星の王子さま』には心に響く言葉が沢山あるが、「おとなは目に見えるものの話しかしない」と、王子さまがあきれて話すくだりがある。
 おとなというものは、数字が好きで、新しくできた友だちの話をする時、かんじんかなめのことはきかない。「どんな遊びが好き?」などとはきかず、「その人、いくつ?」とか、「目方はどのくらい?」とか、「おとうさんは、どのくらいお金をとっていますか?」ときいて、どんな人かわかったつもりになる、と。
 おとなたちにはいくら素敵な家の素敵な描写をしてもピンと来ない。「十万フランの家を見た」と言わなくはいけないのだ、と。

 「おとな」が知らず知らずに外せなくなっていた「眼鏡」でものを見るのか、それとも心で見るか。
 ほんとうにたいせつなことは日常の何気ないところに沢山溢れている。

(インタビュー後記 村井裕子)

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