10月7日放送

 今年出会った本で何度も読み返したい1冊に、姜尚中さんの「続・悩む力」(集英社新書)がある。
 2011年3月の震災以来、私たちは何を幸せと感じ、何に価値を見いだして生きるかを投げかけベストセラーになった。何一つ答えが書かれているわけではない。百年前に生きた夏目漱石やマックス・ウエーバーを引用し、現代の私たちへ、適切に「悩む」方法を示唆している。
 この中で私が心に残ったのは「二度生まれ」という言葉だった。
 姜さんは、アメリカの心理学者であるウイリアム・ジェイムズが説いたその意味をこんなふうにわかりやすく表現している。
 「人は生死の境をさまようほど心を病み抜いたときに、はじめてそれを突き抜けた境涯に達し、世界の新しい価値とか、それまでとは異なる人生の意味といったものをつかむことができるというのです。・・・この考え方は、いままでの幸福と苦難という単純な二分法を見直させてくれるものとして注目すべきです。・・・」

 何かギリギリの淵のような所に立たされる経験をした人は、それまでよりも何倍も人生に意味を見いだし、使命を帯びて、世のため人のために生きる。
 何がそうさせるのかはわからないが、運命は耐えられる人に試練という負荷をかけ、とてつもなく大きな力引き出し、人としての大いなる価値「使命」を授けるとしか言いようがない。
 「二度生まれ」。恐るべき、人の力。

志田昌禧さん 「ほっかいどう元気びと」今回のゲスト、スクールカウンセラーとして生徒達の心に寄り添う志田昌禧さんも、絶望の淵から掴んだ二度目の人生を溢れる使命感で生きている「二度生まれ」の人。
 志田さんはバリバリの熱血体育教師として、私立の中高で忙しい日々を送っていたという。道を外れそうになる生徒達の指導にも昼夜を分かたず奔走し20年。ところが40代のある日突然、脳出血に襲われ右半身不随の身体になる。その時の苦痛や絶望は筆舌に尽くしがたいものだったという。寝たきりか車椅子の生活になると言われ、未来を失いかけた志賀さん。しかし、そこで一念発起する。「もう一度生徒のために働きたい」という信念で、ご夫婦二人三脚のリハビリが始まる。手足のリハビリ、失語症により失った言葉を取り戻すトレーニングの日々。
 そうして、装具を付けて杖での歩行を可能にし、左手で字を書き、車の運転にチャレンジする。水泳を始め、指導者の資格を取り、障がい者の大会でメダルを獲る。
 あれほど熱望した教壇への復帰は無念にも叶わなかったというが、それでも教育現場に復帰することを諦めずに教育臨床カウンセラーの資格に挑戦。現在、小樽市内のいくつかの中学校でスクールカウンセラーとして生徒達に向き合う毎日を過ごしている。

志田昌禧さん 志田さんは言う。「以前の自分は生徒に上から押し付けるような向き合い方もしていたと思う。それが今になってよくわかる」と。身体の自由がきかなくなり、カウンセラーの学びをして、相手の話をどう聴けばいいのか、相手の気持ちをどう受けとめればいいのかがよくわかる、と。
 失ったものと、新たに得たもの。
 断崖の淵に立たされたような経験をした人には、生きていくためにほんとうに必要なもの、手の中の玉石混淆がはっきりと見えるのだろう。

 姜尚中さんは、「二度生まれ」について、夏目漱石やナチスの強制収容所から奇跡的な生還を果たしたヴィクトール・フランクルを例に挙げ、こう書いている。
 「そのような”死地”から彼らが生還してこられたのは、もともと彼らが並々ならぬ精神力の持ち主だったからだろうと思いますが、それにしても、一度は精神や命の危機に瀕しながら、奇跡的に復活できたという経験が、彼らに常人とは異なる世界を見せ、非凡な文明批判を可能にしたのだと思います。」
 そして、こんなふうに続けている。
 「私はあの三月十一日の経験を、どうしても『二度生まれ』の機会にしなければならないと思うのです。・・・私たちは、いまこそ『二度生まれ』の人の言葉をよくよくかみしめるべきではないでしょうか。」

 志田さんのような体験を聞くことは、人の中には実はとてつもない力が宿っていることを知り、自分の中の何かを信じることにも繋がっていく。
 そして、そんな人の力に触れることで、自分が手にしている一日一日がどんなに貴重なものかを再認識し、未来をどんな一日一日にしていったらいいかを考えることに繋がっていく。

 スクールカウンセラー志田先生が信じているものは「すべての子供達の力」だ。
 悩みを持つ子供たちには、是非志田先生に思いを話してほしいと思う。
 信じてくれる人に話を聴いて貰うことで、きっと自分の中にも力があることに気づくはず。
 そして、心が押しつぶされそうになっている多くの子供の側に、多くの「志田先生」がいて欲しい。
 そんなことを感じた。

(インタビュー後記 村井裕子)

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