9月23日放送

 「人の立場に立ってものを考えること」
 人とのコミュニケーションで最も大切なこととよく言われることだ。
 だが、相手が何を思い、何を感じているかを相手の立ち位置から想像し、推し量ることのなんと難しいことか。その溝を埋めるために、私たちは言葉を駆使して共通認識を引き出し、思っていることにズレや誤解が無いよう会話をやりとりする。

 しかし、もし、人と繋がる最も大切な道具である「言葉」がダメージを受けてしまったら、そのコミュニケーションはどんな現実なのだろう。

金浜衣姫子さん 今回の「ほっかいどう元気びと」のゲストである言語聴覚士・金浜衣姫子さんと話をし、「語を失う」と書く「失語症」について、知らないことがまだまだ多くあることに驚いた。
 失語症は、事故や病気によって脳の中の言語を司る機能が失われ、「聞く、話す、読む、書く」に支障をきたしてしまう後遺症である。
 イメージでは、「言葉が出てきにくい」や、「発音に支障をきたす」など、「言葉を発する」時の不具合かと考えてしまうが、もっと複雑で、人によってもそれぞれ違うデリケートなものなのだという。
 例えば、目の前に「マイク」があったとして、それが何をするものかは勿論認識できているが、言葉の組み立てがうまくいかない。それが「マイク」と言葉の記号化が出来ずに口ごもったり、組み立てを間違えて発音してしまったり、全く別の単語が出てきてしまったりする。そして、それなら筆談で意思の疎通をとも思ってしまうが、「書く」のもままならないこともあるというのだ。
 もっと驚くのは、言葉がたどたどしいのが「失語症」と思いきや、言葉はどんどん出てくる「流暢な失語症」もあると。本人はまさか、思っていることと言葉が一致していないなどと思ってもみないから、意味の通じない言葉だけが流暢にほとばしる。相手は困惑する。認知症かと思われ自尊心が傷つく。
 まるで、思いを伝える「言葉」という道具を失い、洞穴の中で必死に孤独と闘っているようだ。どんなにか、人と繋がる手段を奪われるというのは苦しく切ないことだろう。

金浜衣姫子さん その傷ついた道具をもう一度修理し、うまく使えるようにサポートするのが言語聴覚士。そして、洞穴に手を差しのべて、もう一度外の世界へ導き、人との交流をよりよく復活させるべくお手伝いもする。金浜さんの的確な説明を聞いていてそんなイメージを持った。

 金浜さんはなぜ、病院の中ではなくフリーの言語聴覚士として、個人で「失語症サロン」を立ち上げたのか。そんな質問の答えに、さらに、その手をどう差し伸べていきたいかの思いが溢れていた。
 脳梗塞などは医学の進歩で助かる確率が以前より高くなっている。その後遺症である「失語症」の症状が出てきた場合、言語聴覚士のいる病院ではリハビリが受けられるが、最近は病院にいられる日数も限られている。一旦退院して地域や家庭に戻ると、折角進んでいたリハビリも継続が難しくなっていくケースが多い。そのことに金浜さんは心を痛めていたという。そして、1対1でのトレーニングも大切だが、それ以上にグループ、仲間としてのかかわり合いが、よりよい変化をもたらす何よりの「薬」だと、確信していた。

 金浜さんが目指したいのは、言語聴覚士の草分け的存在である遠藤尚志(たかし)さんの理念やその取り組みだという。
 日本で失語症のリハビリにいち早く取り組んできた言語聴覚士の遠藤さんは、病院という枠の中での「言葉の訓練」にとどまることなく、「障がいを負った人の地域生活を支え、生きる張り合いを作り出すのが言語聴覚士の役目」という思いから、全国失語症患者の集いを立ち上げ、失語症デイサービスや若い人たちの就労支援、車イスでの海外ツアーの企画など様々な道を切り開いてきたという。
 金浜さんは、この分野の大先輩である遠藤さんの「患者さんに一生関わるのが言語聴覚士の役目である」という理念に触れて、自分の中にもずっと持ち続けていた「一生関わっていきたい」という思いは間違いではなかったのだと、大きく背中を押される気持ちになったのだそうだ。

 言葉を失い、人とのコミュニケーション手段を奪われた人たちが、深い洞穴で手を差しのべてられて向こうに射す光を見ることができたら、どんなに救われた気持ちになるだろう。そして、そういう思いをしているのは決して自分ひとりではないと感じられる仲間がいたとしたら・・・。

 「あなたと出会えてよかった」と言って貰えるのは、仕事の最高の醍醐味だ。
 それはどんな仕事にも当てはまるだろう。

 何のために仕事をするのか?何に価値を置くのか?
 お金という価値の残高が預金通帳に増えていくこと以上に、「あなたと出会えてよかった」という思いを贈られ積み立てていく幸せは何ものにも変えがたい。
 インタビューの後、そんな目に見えない「価値」というものについてしみじみ考えている。

(インタビュー後記 村井裕子)

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