8月26日放送

 誰の中にも心に残る本があるに違いない。自分の進路に大きな影響を与えたり、心の成長に繋がったり、生きる支えとして傍に置いておきたいといった、かけがえのない1冊が。
 「ほっかいどう元気びと」の今回の収録後、私は私の大切な1冊をふいに思い出し、家に帰って、何度も読み返した付箋だらけの愛読書をもう一度開いてみた。
 頁を開くその度に、凛とした生きる姿勢を感じさせてくれる随想「海からの贈りもの」(アン・モロウ・リンドバーグ著、落合恵子訳 立風書房)だ。
 世界初の大西洋単独無着陸飛行に成功したチャールズ・リンドバーグの妻アンが、ひとりの成熟した女性として生き方を思索した哲学的なエッセイ。煩雑な日常をひととき離れた「海辺」という場で内的な思考を巡らせながら、どうすれば発展や進歩のみを求める外的エネルギーに惑わされずに「自分自身と繋がること」が出来るかを求め、そのために自分と向き合う時空を持つことの大切さを語っている。
 著者がこの文章を書いたのは1950年代というが、全く古びていない。古びるどころか、あらゆるものの価値観が根底から揺さぶられた去年2011年を起点にしてもう一度読んでみると、今だから響く言葉が沢山あることに気づく。
 「どれだけ多くではなくて、どれだけ少ないもので暮らすか」
 「わたしたちは宝もの・・・、貝殻を持ちすぎているのだ」
 「技術的な意味では、わたしたちはこの数十年のあいだにたくさんのものを獲得したが、精神的にはむしろ知らない内に失ったもののほうが多いのではないか」
 「男もまた、自分の内部に目を向けるときなのだ。外的で形式的な解決だけではなく、内的な解決を求めずにはいられなくなっているのは、男も同じである。この変化は、現代の、外側にエネルギーを発散させるだけの、攻撃的で、即物的な欧米の男たちが、成熟のための新たな段階に達したことを示すものかもしれない」
 外側の諸々に振り回されずに自分を生きる、時代を超えた普遍的なメッセージ。
 若い頃に憧れた大人の女性に、十分大人の年齢になった自分がまた出会って、大切なことを今一度確認させられたような熱い思いになった。

飛島詩子さん そんな思いを呼び起こさせてくれたのは、今回のゲスト、長沼町の絵本屋「ぽこぺん」の店主である飛島詩子さん。
 「なぜ、絵本屋を?」という私の問いに答える内に、どんどん心が開かれ、飛島さんの中に仕舞われていた言葉がきらきらと外にこぼれ出てくる。
 戦後、日本が新しい時代に向かって一生懸命生きていた時代に利尻島で生まれ育った飛島さん。港の食堂を営んでいた両親のもとには親戚や住み込みの人達がいつもいて、少女の詩子さんは「この人達に好かれなければ」と子供心に思い、ずっと「いい子」でいたのだそう。そんな中で好きな時間は、ひとり浜辺に座りボーッと海を見ていたひととき。
 「周りの大人たちにはいい子として振る舞っていたけれど、自分の中にはもっともっと頑固な自分がいて、きっと、海を見ていたひとりの時間は、そんな自分の核と繋がろうとしていたんでしょうね」

飛島詩子さん 自分との対峙と、飛島さんは言う。その時空が何より大切なことだというのが、幼い飛島さんの心の中に芽生えていたのだ。
 大人になって保育の仕事に就き、子供と関わる活動を続けていく中で、子供たちがこの「時空」を自由に過ごすことが出来るのは本の世界だと思い、絵本屋という空間を作ったのだということが、話をする中から伝わってきた。
 飛島さんは言う。
 「子どもたちが本を読むときは、いつでも自分が主人公。本を読みながら膨らむ想像の世界は誰にも邪魔できないし、否定されることのないものだと思う。『あなたはあなたでいいのよ』ということを、本を通して伝えてあげたい」と。
 自分自身が主人公になる時空、それが、今あまりにも失われすぎているのではないかという思い。その時間と空間を提供したいという店主の思い。それらが、長沼町の丘の上に建つログハウスのお店の中に溢れているのだと思ったら、私自身にとってのかけがえのない「本からの贈りもの」を再確認したくなったのだ。

 それにしても「時空」という言葉は、なんて心を惹きつけてやまない言葉だろう。
 辞書を引く。「時間と空間を合わせて表現する物理学の用語」とあり、アインシュタインの相対性理論が出てくる。
 遡ることニュートンの頃には、絶対時間と絶対空間は独立であり、かつ不動とされ、「時空」という概念は無かった。アインシュタインが時間と空間を合わせたものを四次元時空と呼び、そこから時間と空間の統一概念が始まった、と。
 物理の概念は難しいことだらけだが、時代を超えた賢人たちの意識が、時間と空間という目に見えないものに一心に注がれてきてきたことに圧倒される。
 その「時間と空間」が統一されたものの中にあえて自分を置いて、自分の心を見つめたとしたら・・・物理学と哲学とが融合した「化学反応」により思いがけない何かが生まれるのかもしれない、と尚更わくわくしてきた。

 アン・モロウ・リンドバーグが自分と向き合った時空で紐解いた言葉が、半世紀の時間を飛び越えて心に深く染み渡る。
 「わたしたちは結局、みな孤独である。ひとりでいるということを、もう一度はじめから学びなおさなくてはならない」
 なぜならば、「自分が自分の核としっかりと繋がっている時だけ、わたしたちは他者とも繋がることができる」からだと。

※飛島詩子さんは、2013年4月18日にご逝去されました。
インタビュー収録後に、「新しい詩子が発見出来ました」と大変喜んでいらっしゃったのが心に深く残っています。
とてもとても残念です。ご冥福を心よりお祈りいたします。

(インタビュー後記 村井裕子)

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