7月1日放送

 今月の末にはロンドンオリンピックが幕を開ける。
 きっと、それを観る私たちは、そのためにたゆまぬ努力を続けてきた選手たちの一挙手一投足を追い、メダルを争うその真剣勝負に歓喜し涙を流し、「元気」を貰ったり、「感動」を貰ったりして、自分の明日の活力に繋げることだろう。
 その真っ向対決の勝負は、時として「ドラマ」を生む。
 選手の人生までもがそこに投影され、いつまでも私たちの心に刻まれ、ひとつのストーリーとなって語り継がれる。
 しかし・・・と、考えてみる。
 そのストーリーはある種「切り取られたもの」であり、切り取られなかったそれ以外の圧倒的な事実や感情や心の動きの中にこそ、何らかの真実があるのではないか。

原田雅彦さん 今回のゲストは、北海道のみならず日本中が知っているスキージャンプの原田雅彦さん。男子団体、リレハンメルの失意の銀から長野の金メダルへのストーリーは、その瞬間を目撃したひとりひとりの胸に感動の記憶として残っているが、私は原田さんに、是非とも「切り取られて語り継がれるストーリー」の奥にある思い、そして、14年が経って時間と共に熟成された思い、その経験が今、人を育てる立場になりどう生かされているのかなどを、インタビュアーとして訊いてみたかった。

 44歳になった原田雅彦さん。トレードマークの目尻が下がった人懐っこい笑顔は相変わらず。収録直前、私の名刺の肩書きの「話し方講座」講師のところを見つけ、「ジャンプ実況中継の解説をやっていて北海道弁が出るんだわ。なまり直さないとだめかな」と。「原田さんはそのままで北海道らしくていいですよ」と応え、和んだ空気でマイクをONに。

原田雅彦さん 内心思っていた。何度も何度も受けたであろうインタビューや取材。その中には、「勝手に切り取られ」て、意に沿わないものも腹の立つねじ曲げられ方もあったろうと想像する。失敗と成功を切り取り、上げたり下げたりという振り回され方の中で、マスコミ不信になったこともあったのでは、と。
 笑顔で始まった対談だが、一瞬、「今の自分に対して、スポーツアナではない分野のこのインタビュアーは何を訊くのだろう」という、訊かれる側の防御も確かに感じた。
 訊く側はいつも、この最初の「立ち会い」が真剣勝負だ。「どの入口から入れば本音を聞かせて貰えるだろう。信用して話して貰えるだろう」という、ゲーム開始の一瞬がすべて大事と言われるように、その見えない駆け引きはいつも内心で緊張する。防御を突破し、思いを話して貰う方法はただひとつ。それはインタビュー技術ではなく、「誠実に向き合うこと」しかないと思っている。

-リレハンメルから長野というあの熱い時代、年月を経た今振り返って何を思う?
私のドラマが取りざたされてしまったが、あの長野は日本のスキージャンプが世界一になったという瞬間。男子団体という種目で頂点に立つその大きな責任を果たすということが大きかった。リレハンメルの西方、葛西選手には自分の失敗のせいで申し訳ないことをしたと今でも思い、未だにそれを重荷として背負っている。
-失意の結果からどうやって立ち直ってスランプから脱出したか?
技術以上に、気持ち。自分らしさを取り戻せたのが大きい。ジャンプを詳しく知らない妻からの「自分らしくやればいいんじゃない?」という第三者的なふわっとした言葉が意外にもさらっと入ってきた。
-苦しみの中から見つけた「原田雅彦らしさ」って?
ノリのいい前向きなところかな。ホームランか三振が持ち味。迷い、葛藤し、実戦を重ねていく中で、やっぱりそれでいいと自信が持てた。
-コーチとしての原田さんの強みは何だと思う?
選手ひとりひとりのいいところを見つけて、そこを伸ばすこと。

 過去、現在、未来と話を訊いてきて、何度か繰り返されるキーワードに気づいた。それは、「自分らしさ」と「普通」という言葉。
 メダリストとしてのストーリーで語られてきた鋳型の奥にある本来の「自分らしさ」を見つめ続け、あくまでも「普通」の自分を伴侶や子供たちと共に着実に作り続けてきた、その長年の積み重ねが、繰り返されたキーワードに表れているのだろうと察する。

 「長野のあの金メダルで、1回しか成功していないように思われてしまっているけど、あのリレハンメルから長野までに8勝もしていることなど知らないよね、みんな(笑)」
 笑い話のように、収録後の雑談でこぼした一言。
 そのエピソードの奥にあった幾つもの葛藤や、憤りを思う。

 大きな栄光を勝ち取るという「選ばれた人」は、その分大きな何かを乗り越えるためにまた違った闘いがあり、抗い、受け入れ、昇華する中で更に大事なものを見つけていくに違いない。私たちを感動させた原田雅彦というアスリートは、挫折と栄光という両極端の振れ幅のどちらにも心を持っていかれないように、自分らしい戻り位置を「家族という軸」で見定めて来た人なのだろうなと思う。突風が吹こうとも、降りるべき方向を見失わないようV字を必死で維持する、バランスに長けたスキージャンパーのように。

 未来の願いは、後進たちが長野のあの金メダルの結果を上書きするような活躍を見せてくれること。その時が来てようやくあのストーリーから解放されるだろうと、目尻で柔らかく笑った。

(インタビュー後記 村井裕子)

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