6月10日放送

 人は、いつ、どの段階で、どんなふうに土台が作られるのだろうか。

豊田端吾さん 今回のゲスト、帯広三条高校の合唱部顧問・豊田端吾さんのお話を伺っていて、そんなことを考えた。例えば家の基礎ともいうべき、その後のその人をかたちづくるベースは、案外高校3年の間に取り組んだことが重要な礎になるのではないか、と。
 その真っ最中はそんな意識はほとんど無いだろう。楽しいから、仲間がいるから、技を磨けるから、上手になっていくからと、いろいろなモチベーションでそれぞれのものに取り組んでいるが、後で振り返ったときに、「ああ、今の私の基礎は、あの時にいくつかの大切な柱が立てられた」と気づくのだ。
 大事なのは、そのために打ち込めるものに出会えること。そして、力を引き出してくれる指導者との巡り会いだ。

 合唱の本格的指導をするのは初めてだったという豊田さんが、帯広三条高校の合唱部の顧問をスタートさせたのは2002年の春。その年の「全日本合唱コンクール」で成績を出せなかったショックから発奮し、意識や取り組み方を根本から見直した翌年は全国大会で複数の金賞校のうちの一校に成長させる。その後、4年の試行錯誤を重ね、2007年再び金賞。2009年には更にその上の全国一である金賞一位に導き、去年2011年に2度目の全国一を果たしている。
 お話の中で浮かび上がってきたのは、豊田さんが指導者としてご自身の中にはっきりと持っているビジョンのようなもののぶれのなさだ。
 いわゆる、「優勝のその先に、何を目指すか」。

豊田端吾さん 指導者として、どう子供たちを成長させたいのか、今いる場所から「どこへ」連れて行きたいのかの熱い思いが、豊田さんの気持の真ん中にある。
 部員たちの目標は、勿論、見えるかたちとしては「コンクールでいい成績を勝ち得ること」。そのために厳しい練習も厭わない。身体と心のコントロールにも配慮しながら前へ進んで行く。心ひとつに向かって行けるのは、皆を引っ張る豊田さんの視線の先に、さらに「その先」があるからだ。
 豊田さんの言葉からは、コンクールに勝つこと以上に、「そこに向かって進んで行くことが出来る力をつける」という意味合いの大切さが伺える。
 コンクールで優勝するための質の高い本物を目指すことで、豊かな人間性や社会性が必ず身につき、いい歌を歌うためには、楽器である身体と魂の宿る心をいい状態に保つ方法が知らず知らずに身につく。
 そして、生徒たちが率先して取り組んでいるという、目標に向けての声の為の厳しい食生活の自主管理、それはそのままメンタルトレーニングに他ならない。何より、本気になって取り組めば必ず道は拓かれると信じる力、それは今後を切り開くかけがえのない武器となっていく。
 そのすべてが、社会に出てから確実に発揮されるであろう「人としての土台」に他ならないのだ。
 「部員の生徒たちは、ほんとうにひたむきで、一生懸命で、私の誇りです」と豊田さんは話す。自身が掲げた道の先を生徒たちともしっかり共有出来ているという指導者としての確信があるのだろう。それは、育てる側としてどれほど幸せなことだろうと想像する。

 帯広三条の合唱部員たちの素敵な姿勢を想像し、是非とも10代の人たちには、勉強の他に「クラブ活動」に励んで欲しいと心から思う。
 どんなきっかけでもいい、何か少しでも惹かれるものがあったら飛び込んでみてほしい。力説してしまうのは、私自身が得た「宝もの」もその数年の中にあったから。高校に入って放送部の門を叩いたことで、私にとっては一生の仕事に繋がる扉が開いた、その経験はかけがえのないものだった。
 足を踏み入れたのが、厳しく且つ志の高い、県下でも有数の伝統ある放送部。
 「体育会系」かと間違われるような発声トレーニングのための足上げ腹筋、音声表現の技術を身につける地道な練習の繰り返しは忍耐と根性無しには続かないものだったが、コンクールに向けての目標のおかげで苦手な早起き自主練習も出来たし、一度決めたことは必ず守れる自分がいつしかそこで育っていた。
 それまでの私は、何になりたいかも、何に向けてどう勉強すればいいかも曖昧模糊としていたが、クラブ活動という出会いと先輩や先生たちの指導のおかげで一生を支える礎ができたと思っている。
 豊田さんのお話を聴きながら、改めて気づく。そうなのだ、あれが貴重な「土台作り」だったのだと。

 私自身がクラブ活動で培った心の柱。
 それは、「思いを強く持てば、必ず叶う」ということ。
 そして、「練習は、自分自身を、今ここではない新しい次の場所へ運んでくれる」ということだ。
 時々、自分の遙か昔の基盤作りの頃を思い出すということは大切だ。
 それが「初心を忘れない」ということなのかもしれない。

(インタビュー後記 村井裕子)

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