4月22日放送

 あれは2009年の秋。私は地方の講座に出向くため、大きな荷物を転がしながら地下鉄札幌駅の改札からエレベーターに乗った朝のこと。
 連日の講座で疲れ気味。まだ眠い頭でその日の組み立てを考えながら乗り込んだ私ひとりのエレベーター内に、突然バタバタと何やら大きな動作で青年が滑り込んで来た。青年なのにスキップ?と少し身構え、一瞬緊張感を覚えながら開ボタンを押したその時、その青年は見知らぬ私の顔を真っ直ぐに見据え、満面の笑顔でこう言った。
 「パレード、楽しみですねえ!!」
 そうか、日ハム優勝のパレード、今日だった。その笑顔が本当に嬉しそう。この年頃の青年からこんな笑顔はついぞ見たことはないという程の輝き。どれだけ待ち望んだ今日だったのかが伝わって、私の気持ちも一瞬で晴れやかになり、こう言葉を掛けた。
 「私は残念ながら行けないので、楽しんできてね!」
 青年は入ってくる時よりも大きなスキップをして駆けて行った。20歳位、多分知的障がいを抱えているのだろう。でも、彼は「今を楽しむ」その方法を心から知っている、と思った。その楽しみが続くようにと思い、ふと、彼は「働く」楽しみは味わえているのだろうかと思ったことを覚えている。

瀧野喜市さん 今回のゲスト、旭川でリネンサプライ・クリーニング事業などの「北海道健誠社」を率いる瀧野喜市さんは、「健常者と障がい者が一体となって共生する職場づくり」を実践し、積極的に知的障がい者や身体の不自由な人たちを雇用することに尽力している。お話を聞いていて、ハンデキャップがあろうとも「働く喜び」を味わわせたいという思いが強く伝わってきた。
 父親が耳と目に障がいを持っていたことで十分な仕事に就くことができず、苦労した姿を見て育ったという瀧野さん。ご自身もそのことでいじめられた経験を持っていたため、自分が会社を作った時には、ハンデキャップを持つ人たちも仲良く働ける場所を作りたいと長年思ってきたそうだ。

瀧野喜市さん ハンデキャップを持つ人たちはいろいろな力を持っていても、人との意思のやりとりといったコミュニケーションが上手く出来ずに仕事場で挫折しがちだという話をよく聞く。瀧野さんのところではそこをどう対応しているのかを伺うと、何が好きか、何に興味があるのかを知り、同じことを楽しんだり、家族のようにつき合うことで長い時間をかけ信頼して貰うしかない、とのこと。受け入れ、認め、出来たことを褒めるということが瀧野さん流の人の育て方なのだという。
 「自分はここにいていいのだ。ここで、自分の力で働けるのだ」と受け入れられる安心感は、それまで阻害されたりした経験を持つ人にとって、それはどれほど大きいものだろうと想像する。

 そして、人への配慮とともに環境への配慮にも力を入れているというのが、木屑や廃材を利用する木材バイオマスチップボイラーの活用。資源の少ない日本でどうエネルギーを使っていったらいいか、どうやってCO2の削減を進めるか、あれこれ知恵を絞り、周囲の反対を押し切って7年も前に導入させたとのこと。
 瀧野さんは言う。「経済成長の時代に社会の中で不便な存在として見放されていたものを見直すと、有効な資源として光を当てることができるものが沢山ある」と。
 モノの豊かさや効率優先の中で見失っていたもの。今までの「常識」では、「弱み」だとされていたところを、新たな「叡智」で「強み」に変えていく。モノも、そして、人も。
 それは、視点を柔軟に変えて、見えていなかったものを「引き出していく」という工夫が何より大事なのだろうと思った。今、大きな価値観の岐路にさしかかっている時代だからこそ、特に。

 瀧野さんは、社員の皆さんの明るさを嬉しそうに話す。
 「彼らの間にはいじめがないのです。人のことを蹴落とそうとしたり、裏をかくなどという余計な知恵を回したり、計算高く振る舞おうとすることがないから。とにかく、一旦仕事を覚えたら自分の力をフルに使って一生懸命働く。楽しくいきいきと働く」と。
 「彼らはね、命がきれいなんです」という言葉が印象的だった。

 私が朝のエレベーターで出会った、スキップの彼のことが浮かんだ。そうか、「命がきれい」なのだ。だから、あの真っ直ぐな笑顔で、私はその日1日分の元気を貰ったのか。
 どこかで、楽しく、いきいきと、働いていたらいいな。働くってわくわくすると思ってくれていたらいいな。
 ファイターズ優勝のパレードの朝に、ぴょんぴょん跳んでいった楽しげな背中を思い出す。

(インタビュー後記 村井裕子)

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