3月25日放送

 二十歳そこそこ、まだ右も左もわかっていなかった頃。
 何も詰まっていない自分の中身が透けて見えるのが怖くて、ひとりせっせと「文化の吸収」にいそしんだ時期がある。「ハンフリー・ボガートはやはり男の生き方として理想だ」などという先輩の一言を聞き付けても何もリアクションの出来ない私は、旧作上映の「カサブランカ」や「三つ数えろ」を片っ端から観に行った。なるほど、ジュリーが「ボギーよ、あんたの時代はよかった」と歌う意味がわかりちょっと大人になれたような気がしたが、それより何より相手女優のイングリッド・バーグマンやローレン・バコールが醸し出す意志の強さや凛とした佇まいのほうが私にとっては強烈だった。彼女たちの自伝を読み、視点を学び、さらに、自分をしっかり持つ女性映画にのめり込み、本を読み、次第に女性の生き方を深く考えるようになり、思ったことを言えるようになって…そうして、テレビ局が求める「可愛げ」をどんどん削ぎ落としていった。
 単館上映の映画館。それは私にとって、生き方の価値観、人生観を教えてくれた教室のようなものである。

菅原和博さん 今回のゲスト菅原和博さんは、そんな多様な人生が映し出される単館上映の映画館、函館のシネマアイリスを16年の長きに渡って運営し、映画の灯を守り続ける人。
 子どもの頃から、母親に連れられて映画の魅力にはまってしまった菅原さんは、映画そのものも勿論だが、あの、映画館という場、空間も大好きだったそうだ。だから、90年代に街からどんどん老舗の映画館が消えていくのは胸の痛い時代の流れだったのだろう。有志を募って、市民による市民のための小さな映画館を作ろうと奔走して形になったのが、函館市民映画館シネマアイリスだった。
 そして、映画好きの究極の夢といえば、映画作りに関わるということ。函館出身の故佐藤泰志さんの小説「海炭市叙景」の世界観に惹かれた菅原さんは制作実行委員会を作り、市民による市民のための映画を作ってしまった。それも、自己満足ではなく興行としても成立する質の高いものを。世界の映画祭からも高い評価を得、全国の単館上映の映画館から、地方の成功例として賞賛される結果を導きだしたのだ。

 単館上映と言われる小さな映画館は今、逆風の真っ只中にいる。デジタル化の波で高額な映写設備の導入を余儀なくされ、弱小のところは存続の危機にさらされている。

菅原和博さん シネマアイリスの菅原さんの原動力は「いい映画を観たい」と単純だ。しかし、その後のこんな言葉が心に響いた。「過去の映画も沢山いいものがあるけれど、僕は今まさに作られている映画、これから世に送り出される映画を、やはり観たいのです」と。

 東日本大震災後、日本人すべての価値観が揺さぶられている。
 「何をどう考えたらいいのだろう」「私は何が出来るのだろう」。表現を仕事にしている人たちも、自問自答し葛藤しながら、3.11後の作品を作り出している。これからどんどん、私たちが気づかなくてはならない「大切な」ことが、多くの表現者たちから発信されるだろう。
 震災後にいち早く原発や環境を真っ直ぐに見据えた作品を気概を持ってかけたのも、単館上映の映画館だった。

 時代の転換期。小さな声やまっとうな呟きを丁寧に拾い集めた作品を世に送り出す単館上映の灯を消してはならない。
 今まさに作られている映画、これから世に送り出されるであろう沢山の映画の中に、これまでの価値観を洗い直すヒントになるような感受性が、きめ細かく込められているはずだから。

(インタビュー後記 村井裕子)

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