2月5日放送

 「それは、人としてどうなのか・・・」
 震災後の日本、何かをするときに、この「人として」軸が、ひとりひとりの中に根づき、それが次第に強く太くなってきているような気がしている。

 例えば、被災地。たまたま仕事でそこに住んでいた別の出身地の人。震災に遭遇後、自分には帰るところもあるのに、あえてそこに踏みとどまって地元の人と力を合わせて復興に汗を流す。「今ここを離れる選択肢は、人としてどうなんだろう」と自問自答しながら。
 そんな渦中で踏ん張る人たちの「人として」軸が、違う土地の私達にも、「人として、被災地にどんな関わりができる?どんな方法がある?」・・・と、良き伝染を拡げている。
 そしてほんのささいな日常でも、例えば、心が弛みそうなとき、ずるく立ち回りそうになったとき、計算ばかりにとらわれそうになったとき、頭の中に背筋の伸びた小人が現れて、「それは人として、どうなのか」と書かれたプラカードを見せられ、自問自答するのだ。
 あれほどの大きな被害を受けた日本、この「人として、どうなのか」が、目に見えないけれど、今まで以上にすごい勢いと力で、無くなったものを再生する大きな精神の軸になっているような気が、私はしている。

 それは最も「普遍的」なことに違いない。この「ほっかいどう元気びと」でそれぞれ全く違う分野の方々からお話を伺う中で、心の奥の「琴線」に触れる瞬間というのは、実際に何をやっているか以上に、やはりその人その人の「ひととして」の有りようが伝わってくる瞬間にあるからだ。

長原實さん まさに、今回の旭川の「カンディハウス」の長原實さんもこの「人としてどうなのか」という軸が、一本スックと立ち上がっている人。多くの体験からの道のりで気づかれたことに沢山の示唆が含まれていた。
 ドイツのマイスターのような風格漂う長原さんが、家具職人の道を目指したのは15歳の頃。師の助言でデザイナーを志し、海外での学びも重ね、やがて、木材のまち旭川に根ざした家具づくりの企業を発展させていく。
 しかし、製造業には逆風の時代がいくつも訪れる。バブル崩壊が最大のターニングポイント。この至極困難な時に、その後の生き方の基盤となる意識変化が訪れたそうだ。
 「家具は家電製品や車のような耐久消費財ではなく、家財道具ではなかったか。木が育つペースを追い越すスピードで家具を作ってはいけない」と。
 量産ではなく、よいものを着実に生産するという理念で、「もののほんとうの価値とは何か」の追求や、環境の保全を見据えたビジネスへの展開に方向転換していったという。
 まさに困難は、気づきを生む絶好のチャンス。「経済」軸一辺倒から、「ひととして」もっとたいせつなものへ気づくためのシフトチェンジは、試されるような逆風を受けたターニングポイントから生まれたということに心打たれた。

長原實さん 長原さんの「ひととして、どうなのか」軸から向けられた視点は、ひとつには環境への配慮がある。北海道の宝であるミズナラに注目し、家具として活かす一方で、木材を活用させてもらうには資源のことも無視できないと、自分たちで木を植える植樹を続けている。
 そしてもうひとつは、文化としての高度な「ものづくり」の継承と、それを担う人材を育てていく大切さ。「ものづくり大国日本」としての誇りを繋げていくには、多くの若い芸術家や職人を育てることが欠かせないと、旭川の地で、公立の「ものづくり大学」の開設を実現させるための活動をも牽引されている。

 「人として、どうなのか」軸。それは、「地域にとって」「地球にとって」「未来にとって」「子どもたちにとって」、その4本足があって揺るぎないものになるのかもしれないと、長原さんの語る言葉を聴いていて感じた。
 そう、一生ものの椅子のように。
 その一見地味な「椅子」は、今までいろいろなモノに囲まれて見えにくくなっていたが、これからひとりひとり、自分でデザインし、自分で心の中に作り上げることが、益々大切になるのではないだろうか。
 2012年。多くのものを失い、あらゆることが壊れかかっている中で、私たちひとりひとりこそが、「ひととして」たいせつなものを新たに形作っていく「職人」、その当事者なのだから。

(インタビュー後記 村井裕子)

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