1月29日放送

 植松さんが、なぜ北海道の赤平という一地方でロケット開発に取り組んでいるのか。その答えはとても明快である。
 「ロケットを飛ばすことそのものが目的ではない。宇宙開発事業は『よい社会を作るため』の手段なのです。『人の可能性が奪われない社会」を作ることこそが最も願うことです。」

植松努さん 植松さんは、子供の頃に宇宙やロケットへの夢を膨らませていく中で、『どうせ無理』と大人に言われた経験を持ち、自分のようにそんな言葉を投げかけられている子供に、「そんなことはないんだよ」と伝えたいのだと言う。
 「『どうせ無理』を世の中から無くしたい。それなら『どうせ無理』だと思われていることを、北海道の片田舎にある町工場がやってやろう」と、無理と言われた夢の実現に心血を注いでいる。
 「可能性を奪われた人は、他人の可能性を奪うんです。そんな社会をなんとかより良いものにしたいんですよ」と植松さん。
 少し早口で淡々と繰り出される言葉ひとつひとつに、私の共感メーターがどんどん上がっていく。

植松努さん 植松さんは今、子供たちのロケット体験教室などで夢を持つ大切さや、『出来ない』ことがあったら『どうしたら出来るか、どんな工夫があるかを考える』という取り組むことの大切さを伝え、また、全国の講演などにも引っ張りだこである。
 子供たちは目を輝かせて植松さんの話を聞き、植松さんの「宝もの」になるような感想文を寄せてくれるそうである。
 一方、大人たちへの講演では、植松さんの真っ直ぐな志の話に涙を流す中高年の男性たちも多いそうだが、終了後に「いい話ですね。・・・そうは言っても現実はねえ」という反応も多く、そんな時はがっくり脱力ですよと、収録後の雑談で笑いを交えて話してくれた。
 「だから、無垢な状態の、これからの未来を背負って立つ子供たちへ、やはり伝えなきゃと思うんですよね。」

 『言葉』というのは、心を『汚染』する力を孕むこともあれば、心を『浄化』する力も持つ。後々まで影響の残る、とても怖いものなのだと改めて思う。
 それほど考えないで出てくる、無意識の言葉。その言葉のひとつひとつが、小さな子供の心にいくつもの棘を刺しているとしたら・・・。
 じわりじわりと降り積もる、言葉の汚染。
 私の頭の中に、ひとつのイメージが浮かんだ。
 人を否定する言葉や嫉妬の言葉、可能性を奪う言葉や暴力に匹敵する言葉・・・そんな言葉が降り積もってしまった広い大地で、黙々とその『言葉の汚染』をすくっては取り除いている植松さんの淡々とした姿。
 「そんなもの、取り切れるわけがない。無くしたいのは理想だけど、『どうせ無理』」・・・そんな言葉を投げつけられても、せっせとその『汚染物質』を取り除いてふかふかの土壌を取り戻す、凛とした姿。

 実は、私の理想もそんな社会である。人が発する言葉によって何かを奪われない、人の心が荒まない世の中。そして、自分の発する言葉によって自分の心まで荒ませてしまわない世の中。
 私はここ8年ほど、「話し方」や「コミュニケーション」、「朗読」などを通して、「自己表現を磨く」講座を道内あちこちで担当しているが、根本で大切にしているのは、そう、言葉の力で心の可能性を膨らませること。植松さんが植松さんの仕事を通して目指している社会と行き先は同じ。今回、番組を通して改めてその目線の先が確認できたことは、私にとっても貴重な対談だった。

 ここのところ、私の心の中で、宮沢賢治の考え方や言葉に益々心が揺さぶられている。
 植松さんの話を聞き、賢治の言う「みんなの幸いのために、自分が正しいと思った道を真っ直ぐに歩んでいく」ということはやはり大事なことなのだと、その思いを強くした。
 誰が何と言っても、馬鹿にされても、無骨に木を植え続けた、賢治が書く「虔十公園林(けんじゅうこうえんりん)」の虔十のような生き方。
 虔十の取り組みは、やがて緑あふれる広大な林になり、人の心をも豊かにしていく。

 「ああ、まったくたれがかしこくて、たれがかしこくないかはわかりません」・・・
 文中のそんな言葉が、今日のインタビュー後、ストンと心に落ちていった。
 震災後の日本、人がより強く、より優しく生きていくために思い出したい、大切な心の芯。

(インタビュー後記 村井裕子)

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