11月13日放送

 人には誰でも1つや2つ、きっと自分に合った楽器がある。世界には無数の楽器が存在しているのだから。

嵯峨治彦さん 今回のゲスト、嵯峨治彦さんが語ってくれた一言が深く心に残っている。
 というのも、自分の音楽人生を振り返ると切ない思い出ばかり。書くのもはばかられるが、小学校低学年でピアノのバイエルに挫折。高学年で国体の鼓笛隊で演奏するためピアニカの練習を人一倍するも、数の中に選ばれず、その他大勢のリコーダーに甘んじる。短大時代にフォークソングクラブに入り、「モーリス持てばスーパースターも夢じゃない」を信じてギターを買うが、Fのコードに挫折し、やがてそれはインテリアの一部として埋没す。
 楽器を奏でるための、いわゆる「インストール」が、生まれもってなされている人と、そうでない人がいるのだと勝手に納得し、その後の人生はもっぱら「音楽」を享受する立場として過ごしてきた。
 嵯峨さんのお話に、もしかしたら、楽器を奏でるための「インストール」無しの私にも、純粋に楽しむことが出来る楽器にこの先巡りあうことがあるかもしれない・・そう思うだけで、何だか人生の彩りがさらに豊かになりそうで、愉快になってくる。
 「だって、音楽は、『音』を『楽しむ』ものですから」と、嵯峨さん。

ホーミー モンゴルの楽器である馬頭琴、そして、のどうた(ホーミー)奏者の嵯峨治彦さんは、たまたま馬頭琴という楽器が、世界の楽器の中で「一番自分に合った楽器」として出会い、マスターし、それをさらに高めて仕事にしてきた人である。
 宇宙物理学を学んでいた大学時代に、この運命的な出会いを果たし、大学の研究と音楽、どちらがより没頭出来るか1年間休学して追求し、音楽活動に専念する方を選択した。
 強い思いは、次なる高次元の出会いを引き寄せるのだろう。モンゴル国人間文化財の馬頭琴演奏家、Y・ネルグイ氏のモンゴル遊牧民土着の音に魅せられ、会いに行き、後継者に指名されるという使命を請け負うことになる。
 聞けば、モンゴルもここ数年急激に近代化が進み、それと共に音楽にも都会化の波が押し寄せ、嵯峨さん曰く「明治時代から一気にビートルズの時代まで突然変化しているようなもの」なのだそう。馬頭琴もバイオリンのような英才教育で都会の演奏家を育てようとしている中、ネルグイさんのような伝統を受け継がなくてはという気運も高まっているのだという。
 近代化が、その国の伝統や文化を「なぎ倒していく」。守るべきものも、その大きな力のもとでは消し去られていくそんな過渡期。
 日本の近代化、そしてその後の流れと、何か似ているものがあるような気がした。

嵯峨治彦さん モンゴルにとっては外国人である嵯峨さんが、モンゴルの古き伝統文化を継承していくというのは、どんな因果があるのだろう。その巡り合わせの不思議さをもしみじみ感じたが、この番組を担当していると、人はいかにその人の「一生もの」と出会うか、ということの大切さがその都度改めて実感される。
 一生ものの仕事と出会い、一生ものの人と出会い、自分を一生ものに作り上げていく、その巡り合わせの不思議と大切さ。
 それを引き寄せる力は、やはり「思いの強さ」に他ならないと私は思う。
 思いの強さで、自分をより高いところに引っ張っていく、そのエネルギーの強さ。そう、昔の人の言うところの「一所懸命」だ。古くても変わらぬ、道を究める極意。

 嵯峨さんが生で弾いてくれた馬頭琴の音色は、そういったことを突き抜けて、しなやかにスタジオに響いていた。あたかもモンゴルの草原の風が吹いてくるような、音圧の強さが印象的だった。

(インタビュー後記 村井裕子)

HBC TOPRadio TOP▲UP