10月23日放送

 「虹の橋」という、世界じゅうで読み継がれている原作者不詳の詩がある。
 生前、誰かと愛し合っていた動物は、死ぬと「虹の橋」に行って満ち足りた幸せな日々を送る。ある日、地上で愛した人があの世への旅立ちという時に、やってくるその人を必ず見つけ、大喜びで「虹の橋」で出迎えるのだ。尻尾を大きく振り、体を嬉しさで震わせ、目をきらきらさせて、体中で喜びを表しながら飛びついていく。
 一度聞いたらその温かなイメージが頭から離れない、幸せなストーリーだ。
 原文は英語で、古いインディアンの伝承とも言われているそうだが、やはり人と生きものとの心の通い合いは、どの時代であろうがどの国であろうが、普遍的なものなのだろう。

辻恵子さん 今回の「ほっかいどう元気びと」のゲストは、「老犬ホームのお母さん」と言われる北海道盲導犬協会の辻恵子さん。お話を聴き終えた私のイメージの中に、この「虹の橋」で沢山の盲導犬卒業生たちに囲まれている辻さんがいた。
 22年もの間、老犬ホームでの仕事でかかわった犬は200頭近くとのこと。大きな体をしたラブラドール・レトリバーが、我先にと嬉しそうに尻尾を振って辻さんにじゃれつくだろう。喜び勇んで顔を舐めに来るだろう。引退盲導犬のために長い年月心を尽くしてきた辻さんへの、温かい犬たちからのお返し。
 犬好きとしては、これ以上ない幸せな光景だ。

 生きもの相手のこの仕事には、切なさも伴う。
 およそ12歳で引退する盲導犬は、北海道盲導犬協会の老犬ホームで暮らすか、一般の家庭が「委託犬」として引き受け、命を全うするまで世話をする。
 寿命としては14歳から16歳、中には18歳、19歳という長寿犬もいる。
 その間には、病気もすれば、だんだん衰えて普通の生活が出来ない状態にもなる。
 私も以前取材させて貰ったことがあるが、頭に腫瘍が出来ていたり、老衰して寝たきりになっていたり、介添えがあってやっと立てるという老犬もいた。その一頭一頭、辻さん始めスタッフの方やボランティアの方が、その状態に合った食事はもちろん、排泄、散歩、病状の管理、寝たきりの犬には芝生に出してのひなたぼっこや、床ずれ防止の体位交換を欠かさないなど、まさに付きっきりで面倒をみる。
 そして、必ず訪れる旅立ちの時にも、命の尊厳を大切にしながら、しっかりと見送る。

辻恵子さん 辻さんのお話を聴いていて何より伝わってきたのは、「限りある時間の中で、今何が出来るか」ということに心を配っているということ。
 看取りも含めて最期の最期まで面倒見るということは、心が動揺する辛いことではあるが、「今、何をしてあげられるか」ということがやるべきことの軸になっていると、老犬に対しても、ユーザーと言われる視覚障がいを持つかつての利用者に対しても、今何をしたらいいかが見えてくる。犬に対して、その時その時で心を尽くした仕事をするということは、それを通じて関わる人にとっても誠実な仕事となって伝わる。そのブレの無さは、どの仕事でも大事なことだと感じながらお話を聴いていた。
 辻さんの真摯で温かい仕事への向き合い方に感じ入り、「命ある生きものに、心ある仕事をありがとうございます」と伝えると、辻さんはこんな素敵な一言を返してくれた。
 「やっぱり、どんな生きものも、最後の数年間がより良いものであったら、すべてより良くなると思うんです」と。

 盲導犬は、子ども時代の一時期をパピーウオーカーという一般家庭で育ち、訓練師の手によって能力を開発され、視覚障がいを持つ利用者の良きパートナーとなり、引退後は辻さん達のような手で世話をされる。沢山の人の思いと手がかかわった存在だ。
 「一生懸命働いた締めくくりの最後の数年間を、より幸せに」と思ってくれる「手」があるということは、何より幸せなことだろうとつくづく思う。

 インタビュー後、我が家にもいる大きな体をした老犬の温もりが恋しくなった。元は置き去りにされた不幸な犬だったが、縁あって家族になった。
 犬はいつも「今」を生きる。過去の辛い記憶を1年1年幸せな記憶で塗り重ねて、今や人が大好きな12歳の甘えん坊大将だ。
 私もやがて旅立つときに、彼が「虹の橋」で尻尾を振って迎えてくれるだろうか。
 ささやかな、しかし想像すると思わず笑みがこぼれる、密かに大切にしている夢である。

(インタビュー後記 村井裕子)

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