9月11日放送

久保田圭祐さん 病気を始め大変辛い状況を経験した人が、そのあとその経験を糧にしてそれまで以上の力を発揮して前に進んでいく。なぜそんな切り替えが出来るのか、なぜより強い力が出てくるのか。・・・
 実際にお話を訊いてみると、そんな行動の原動力には共通点があることがわかる。
 それは、何かが起こったときに、「自分以外のせいにしない」しなやかな強さがあるということ。
 「なぜ自分ばかりこんな目にあうのか・・・親のせい、周りのせい、社会のせい、誰かのせい」・・・そんな堂々巡りから抜け出して、「今、この状況で出来ることは何か?誰かが、ではなく、自分がまず出来ることは何か?」と自問自答して、動き出す。
 そんな力こそが何より大事なのだということを、苦しい思いをした人たちの経験から気づかされる。

 旭川医科大学医学部1年生の久保田圭祐さんもそのひとり。頭に強い衝撃を受けたことで発症した「脳脊髄液減少症」との闘いは、想像を遙かに超える辛い日々だっただろうと胸が締め付けられたが、2年かけて病名を突き止め、治療を受け、逆に病気で苦しむ人たちに寄り添いたいと、医者を目指して医大を受験し、病気を知って貰うための活動に取り組んでいる。
 まずは「今の自分に何が出来るだろう」をブレさせずに、自分の中の力をあきらめずに進んできたということが伝わってきた。

 そして、あきらめずに前に進んでいると、やはり、人には絶妙な出逢いがあることにも驚かされる。病名が分からずに、もう自分で命を終わらせた方がいいとも思い詰めていたという久保田さんだが、たまたま、お母さんの知人がこの病気に罹り、「脳脊髄液減少症」の認知度を高めるため署名をしてほしいとお母さんに依頼したのだという。
 ぎりぎりのところで、まるで目の前に「糸」が垂れてくるように、「救い」が用意されているのである。
 であるならば、それまでの試練というのは、「試された」のだろうか。
 「この人なら乗り越えられる」という人の所を選んで、さらなる苦難をさらなる徳を積むために与えられるのだろうか。
 こんな偶然の救いが絶妙なタイミングでもたらさせたことを聞くと、やはりそんなことを考えたりする。

久保田圭祐さん そんな試練を経て、久保田さんは医者になることを決意し、医大に入るべく猛勉強に励む。「病の時は辛かったけど、あれがなかったら、困っている患者のために医者になろうって本気で思わなかったかもしれないなあ」と久保田さん。
 試練の人には、辛いことのあったその分量だけ、目に見えない宝ものももたらされる。「人」という恵みもしかり。二浪して受験勉強を続ける中で、家庭教師をしてくれた先生もかけがえのない出会いだったそうだ。その人も、自分に降りかかった病気を克服しながら、3年かけて医大に合格。久保田さんの不安な気持ちを受けとめてくれたことはもちろん、久保田さん曰く、「勉強も教えてくれたけど、それ以上に"人間"を教えて貰った人」。その先生自身が苦労の中から手に入れた努力の仕方を教えて貰えたと感じているそうだ。
 晴れて医大に合格したときに、感謝の思いで久保田さんはその先生に伝えた。
 「先生に見捨てられないようにと、先生の持っている紐を離さないように掴んでいたら、気づいたら医大に合格していました」と。
 先生は、こう返してくれたそうだ。
 「それは君がその紐を離さないでいてくれたからだよ」。

 過酷な経験をした人が、それを糧にしてそれまで以上の力を発揮して前に進んでいく。
 なぜそんなことができるのか。・・・
 その生き方の原動力には共通点があることがわかる。
 起こった出来事を受けとめ、あきらめないしなやかさ。
 そして、時を選んで目の前にやってくる「救いの紐」を信じ、離さない強さがある、と。

(インタビュー後記 村井裕子)

※この病気をもっと詳しく知りたいという方は、是非、脳脊髄液減少症患者・家族支援の会北海道「絆会」のホームページなどで詳細を調べて欲しい。久保田さんがラジオでお話しされたことがきっかけで、誰かの病気の発見に繋がり、同じように救われる人があればと願います。

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