8月21日放送

日下功二さん 鞄という存在は、物語を連れてくる。
 例えば、夏の終わりの夕暮れ時、鞄工房のショウウインドウに顔をくっつけて、その視線の先にあるものをじっと見つめているフリルスカートの若い女性。その目を釘付けにしているものは、一点ものの艶やかな鞄だ。
 この際、せっかくだからオードリー・ヘップバーンでもイメージして貰おう・・。
 「いつかあの鞄を持てる自分になりたい」とつぶやき、後ろ髪を引かれるようにして、その場を去っていく。
 彼女は、あの上質の鞄を持っている未来の自分をありありとイメージするのだ。あれを持って颯爽と歩く、背筋の伸びた自分になるために、今のままでは駄目。もっと成長するのだ。もっとふさわしい自分になるために力を磨くのだ。・・・だからこそ、明日も頑張ろう、と。

日下功二さん いい鞄にはそんな力がある。
 「日下公司」の日下功二さんは、鞄にはそんなパワーがあることを十分に知っているだろう。だからこそ、鞄を作るのが好きで好きでたまらない、その思いが原動力。
 「私の作っている革製品は、ありそうで実はあまりないのです。だから、ああ、こういうものがほしかった、と出会う喜びが大きいと自負しています」

 日下さんの人生の歩み方は、最初にしっかりとしたゴールのイメージを思い描くという。
 「そうなりたいんだ」という思いをはっきりさせて、持てる力を総動員させていく。
 鞄作りに喩えると、「こんな鞄が作りたい」とまずは立体的イメージを明確にし、そこに向けて1枚の革や部品を調達し、道具を厳選し、あとは一から手順を組み立ててひたすら手を動かしていく。
 自分の果たすべき役割も歩む道もそれと同じ。自分のビジョンが鮮やかに描ければ、今何から手をつければいいかの逆算が出来ていく。
 日下さんは、「革職人」という確固たるゴールを描いて、東京から北海道へ移り住んだ時も、「では、今何をすればいいか」の逆算でやれることを積み重ねて、北海道に「日下公司の鞄あり」のブランド力を確立してきた。

 その将来のなりたいイメージが、パートナーである奥さんのヒロコさんとしっかりと共有出来ているという話が素敵だった。
 工房でともに製品作りをされている日下さんご夫婦、とにかく話を沢山するそうだ。何を成し遂げたくて、何を選んでいるのか、どう生きていきたいのか、自分たちはどこに向かっているのか・・。
 話をすることで「共感」がどんどん生まれ、お互いがお互いの頭の中にあるイメージを「共有」し、それを互いに「共用」することができる。そんな、「共に」歩んできたという様子が短い話の中にもにじみ出ていた。
 「日下公司」の美的センスに溢れた革製品が人の心を捉えるのは、頭の中にある鮮明なイメージが丁寧な日々によって具現化されたものだからなのだと思う。それも、ひとりの、ではなく、ふたりが追い求めたイメージだから、より強く、より深く形になる。

 いいパートナーとは、「手前にも反対側にも同じようなファスナーがついている上質の鞄を共有している」と、私は常々イメージしている。
 日々、同じものを読んだり、見たり、感じたり、経験して味わった共有事項を、ひとつの鞄にせっせと詰め込んでいく。それは、言葉にして思いをやりとりすることで「共感」が増し、何気ない事柄が鞄の中で宝ものになっていくのだ。楽しかろうが、苦しかろうが、辛い出来事でさえも同じ鞄に入れていくことで、時間の経過と共に同じような色合いになり、やがてかけがえのないものになっていく。
 日常というのは、過去の経験からどう知恵や方法を引き出していくかだ。
 ひとつの鞄に、ふたりで選んだ価値観を大切に詰めていくことは、時間のかかる地道な作業だ。が、それを互いに活用しあうことで、人生の旅はさらに面白くなっていく。
 こちら側のファスナーとそちら側のファスナーから出し入れ自在な、夫婦の価値観が熟成された、一生ものの、見えない鞄。

 「日下公司」の日下さんが収録当日に持っていらした愛用の肩掛け鞄は年季が入っているらしく、新品にはない深い艶で輝いていた。

 何ごとも時の積み重ねで輝きは増す。鞄も、仕事も、そして夫婦もしかり。

(インタビュー後記 村井裕子)

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