村井裕子のインタビュー後記

はじめに
毎週日曜朝9:30から放送の『ほっかいどう元気びと』では、様々な場で活躍している人たちへのインタビューを通し、「人が前に進む力はどこから出てくるのか」「人は逆境や困難な時にどんな発想で切り抜けるのか」など、それぞれが辿ってきた道のりから、その原動力にスポットを当てています。

東日本大震災が起こってまだ日が浅い2011年の春から、この番組は始まりました。
世界が大きく変わってしまった中で、私たち皆がひとりひとり、「自分は何が出来るのだろう」と様々なことを真剣に考えるようになっている中、この番組でも、「大事なことはなんだろう」「気づかなくてはいけないことはなんだろう」という視点で、これから先の前に進むヒントを探していきたいと考えています。

人の中には、自分でもまだわかっていない新たな「力」が隠されています。それは、順風の時には案外見つけられないもの。逆風だからこそ発揮出来るものがあるはず。

そんな、人の中の「宝もの」に光をあてることで発せられる言葉の数々に、ラジオをお聴きの皆さんと共感することが出来たら幸いです。

「村井裕子のインタビュー後記」は、対談後、そんな言葉の数々から、私自身が感じた「大切なこと」を毎週綴っています。番組を聴いた後に、その言葉たちをもう一度噛みしめる、心豊かな場になりますように。

9月25日放送

 自分だけなら気づかないでいることが、身近な高齢者を通して、今の社会が「当たり前」にやってきたことに違和感を覚えることがある。最も顕著なのが医療に関して。
 かつて、80歳を過ぎた父親が健康チェックのため月に一度病院にかかっていた。ある日、診察を終えて帰宅し、気力を落として言うには、「あなたは血液の癌だから次回には抗がん剤を出さなければならないと言われた」とのこと。元々血液の数値が要観察ではあったが、癌などではないことはわかっていたのでそれを伝えても、「医者がそう言った」の一点張り。抗がん剤は副作用で酷いことになると思い悩み心がすっかり萎えている。元々コミュニケーション下手で、加齢と共に真意を上手く掴むことも難しくなりつつあったので、まさかその言葉のまま言われたのではないとも思うのだが、それにしてもどんな「伝え方」だったのか。判断能力が衰え不安になりがちな高齢者がそんなふうに気落ちしてしまうようなコミュニケーションとは。「抗がん剤」にもいろいろあるというのは専門家ならわかるが、その単語を不用意に出された時の老人の混乱を想像しなかったのだろうかと今でも疑問に思う。早速、専門の病院に連れて行き、今その必要は無いとの納得に至り一件落着したのだが、またある時、違う症状で体調を崩しその病院に入院すると、今度は不調を訴えても先生は話も聞いてくれないと憤慨している。医者としては検査で何も出てこなければ「健康体」と見なすのだろうが、年寄りは病気未満であってもあちらもこちらも痛いし辛い。医療の現場は忙しいのは百も承知だが、ほんの少し顔を向けて話を聞いてくれたら患者の信頼度も増すだろうにとやはり解せない思いが残っている。
 これからの超高齢化社会は医療関係者にとっても大変な時代になるのだろうが、「高齢者」という一括りではない「向き合い方」が求められていくだろう。年を取ることによって話の理解度が落ちたり自分の思いも伝えにくくなったり、感情が揺れやすいといった「高齢者心理」への認識を深めるとか、それを踏まえたコミュニケーション方法であるとか、若い年代とは違う対応が益々求められていく。勿論、年寄りと共に暮らす家族側にとっても同じこと。あちらもこちらも高齢化が進み、今までとは違う意識と取り組みが尚一層必要とされる時代は、もうすでに始まっているのかもしれない。

草場鉄周さん 9月最後の「ほっかいどう元気びと」は、「家庭医療」という分野の実践と担い手の育成に尽力する「医療法人 北海道家庭医療学センター」理事長で、「本輪西ファミリークリニック」院長の草場鉄周さん 42才。「家庭医」とは、子供から高齢者まで、地域住民が日常の様々な健康問題を気軽にまず相談できる、最も身近で信頼できる医師。「家庭医療」とは、地域に密着し、患者の身体だけでなく生活環境や希望も把握しながら、必要があれば専門医に橋渡しをしたり、時には在宅診療のチームを結成して最期を看取るなどの役割を担うという医療のあり方をいうのだそうだ。草場さんのこの20年の取り組みがまさに、地域の暮らしのなかで、人の気持ちにも向き合える医療の充実を目指してきたもの。超高齢化社会に向かう中でどういう理想を北海道で実現しようとしているのか、興味深くお話を伺った。
 福岡市出身の草場さんが、京都大学医学部を卒業後に、当時、室蘭市にあった「北海道家庭医療学センター」での学びを希望して来道しようと決意したのは、たまたま学内でポスターを見かけ、「人の身体と心、あるいはその人の家族や住んでいる地域のことなども視野に入れる医者」といった文章に惹かれたから。そこに自分の目指すものがあったのだと言う。
 高校時代に先生に勧められて養老孟司著『唯脳論』を読み、「人ってすごい」と感動した草場さんは、脳と心に興味を深め、「人を診る」医者になろうと思っていたのだそうだ。
 元々は、葛西龍樹医師が1996年に室蘭の小さな診療所でスタートしたという「北海道家庭医療学センター」。草場さんはじめ、その志に賛同する若い人達が全国から集まって次第に規模を大きくし、医療法人化を経て地域へ家庭医の派遣を開始。現在は、全国11ヶ所、北海道8ヶ所の医療機関で仲間達が家庭医として活躍しているとのこと。
  草場さんは、「家庭医療学専門研修」を修了後に「北海道家庭医療学センター」の所長を引き継ぎ、同時に、「本輪西ファミリークリニック」の院長に就任し、一筋に家庭医の実践、育成、そして、地域で家庭医療を担う人達のサポートに携わってきたのだという。

草場鉄周さん 収録後の「あなたの宝ものは何ですか?」の問いかけの答えが、まさに、「20年かけてここまで築き上げた『医療法人 北海道家庭医療学センター』という組織そのもの」。
 家庭医が北海道でしっかり根を張り、日本の中でもひとつのパイオニアとして、モデルとして影響を与えていくことが今一番大事ですと、取り組みへの熱い思いを語る。
 まだまだ認知度の低い「家庭医」を、草場さんはわかりやすくこんなふうにも表現する。
 「伝統的なマチ医者をある意味ルネッサンスさせたものが現代の家庭医」
 昔はどこの地域にも「マチ医者」がいて、病人が出ると医者は黒い鞄を手にして往診をしていたものだが、伝統的なマチ医者に適切なトレーニングが加えられているのが現代の家庭医。大事なことは、最新医療はもちろん、介護や福祉といった分野にも精通しているという医療の質の高さと、人に向き合える人間力。その両方のバランスを身につけることが欠かせないと家庭医の理想を語る。
 そして、目の前の患者をよく見て、話を聞き、個々の背景までも踏まえてひとりひとりの生き方を尊重するという向き合い方は、トレーニングをすることで身につくのだと草場さんは力説する。人として身につけなければならないことをこれからの医者はしっかりと学びとして取り入れ、実践していかなければならない。実はそこがとても重要なのだと。
 そして、「人に向き合い、気持ちに寄り添う能力」を付けるためには、道徳的に教え込むのではなく、患者の思いや個性を尊重することが大切なのだと「自分自身で気づいていく」ような指導のアプローチが欠かせないのですと、医師育成の重要さも丁寧に語ってくれた。

 草場さんが目指す家庭医の人材育成の要は、気づいてみれば、「人としてどうあるべきか」というとても普遍的なことだ。道徳で押しつけるのではなく、教科書で知識として習わせるのでもなく、草場さんは、とことん「患者さんはなぜそう言ったのだと思う?」「どう感じるとあなたは思う?」など質問を繰り返して考えさせるのだそうだ。要はコーチでありサポーターでありファシリテーターとしての関わり。時間はかかるけれど、その研修医の中で、「48才高血圧の男性」だった存在が「〇〇町に住む犬の好きなお父さんである△△さん」になっていくという。
 気づきと実践、そして、人のサポートによりコミュニケーションはもっと良く変えられる。そして、それは、医師のみに求められるものではないということにも気づかされる。人にきちんと向き合うこと。相手の話を聞くこと。人の気持ちに共感出来るということ。その人の背景や立場を考えて話すということ。自分の思いをちゃんと伝えるということ。そして、日々、忙しかろうがいろんな感情に襲われようが、感情に振り回されないでいること。人を安心させるような自分でいること。機嫌良くいること・・・
 そんな自分でいたいという気持ちをほんの僅かでも持つだけで、この健康不安ばかりが渦巻く高齢化社会であっても互いに穏やかな気持ちで生きられるのではないか。
 多忙な中、茶道で心を整えるという「家庭医」草場さんの穏やかな話し方に触れながら、そんなふうに柔らかに人が繋がる未来を考えていた。

(インタビュー後記 村井裕子)

▼ Back Number2016年

▼ Back Number2015年

▼ Back Number2014年

▼ Back Number2013年

▼ Back Number2012年

▼ Back Number2011年

HBC TOPRadio TOP▲UP