
| No.20:2003年 3月10日〜3月16日 |
| ▼2003年 3月10日 「ぴよっ・・・・?」(赤城 敏正) | |
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今日は我が家で増殖を続けている「ぴよ」をご紹介します。 最近、ゲームセンターに足を運んだ人たちは見たことがあるでしょう…。クレーンゲームの中に無数のひよこらしきものが存在するものを。モールを使いお世辞にも出来がいいとは言い難いものなのだが、なぜか子供の心をひきつけるらしい。一緒にいる親としては、できれば隣のキャンディが獲れるマシーンの方がありがたいのだが、子供にとってはそうではないらしい。 去年暮れには、たしか黄色いのが4.5匹だったのが、今やカラフルなもの・大きなものが加わり、子供がいうには84匹ほどいるのだそうだ。 そういえば、僕も子供の頃、お祭りで売っていたあの「カラーひよこ」が欲しくて、親にねだっては諭されたものだ。その感じと似ているのかもしれない。 我が家の「ぴよ」。最近では、子供のおもちゃ箱の中ばかりではなく、部屋のインテリアとしても登場するようになった。それはそうと、いったい何匹まで増殖していくんだろう…。うーむ、子供にクレーンゲームのコツを教えるのではなかった・・・と若干後悔する今日この頃なのです。 |
| ▼2003年 3月11日 「気持ちいい〜」(武田 明子) | |
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最近、疲れています。のんびり休める時間がありません。そんな時は…日帰り温泉! 夜、仕事を早めに切り上げ、ふらーっと札幌近郊の温泉へ車を走らせます。この日は小樽方面へ行きました。 冬の露天風呂の醍醐味はなんといっても寒さと雪ですよね。のぼせることもなく、雪を腕に載せて湯気の奥に見える夜空をぼぉーっと眺めています。二日分くらいの疲れは吹っ飛びますよ。 タオル2枚で、気軽に入れる日帰り温泉。たまった疲れが取れた分だけ、我が家には温泉名入りのタオルがたまっていくのでした。 |
| ▼2003年 3月12日 「3人娘」(渡辺 陽子) | |
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この春でアナウンサー歴15年目に入ります。 平成元年入社のアナウンサーは私の他に2人の女子アナがいました。 村上亜希子。山田頼子。 この名前に聞きなじみのある方も多いのでは? 私たちはよく『3人娘』と言われました。 3人の女子アナが入ることは他にもあることなのに『3人娘』と呼ばれたのは私たち3人がとにかく仲がよかったからなのかも。 そして、今の私があるのは同期入社の彼女たちのおかげといってもいいくらい。本当に出来た2人なんですよ〜♪ その2人はずい分前にHBCを卒業しました。 でも! “あきちゃん”は他局(onちゃんで有名です)の夕方ワイドで、“よりちゃん”はHBCラジオの土曜花盛りで活躍中です。 2人の活躍は誇らしくもあり、張り合いにもなります。 『3人娘』と呼ばれていた私たちも30代半ば。 妻や母になりました。 今度はなんて呼ばれるんだろう? |
| ▼2003年 3月13日 「スキー場を所有するアナウンサー?」(山崎 英樹) | |
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すいません。誇大表現でした。単なる雪山です。 雪深い手稲区に住む私。この冬もママさんダンプをひたすら押しました。我が家の隣が空き地なので毎年ことわって雪を捨てていましたが、今年はスキーを覚えた息子のためにゲレンデを作ろうと決意。 その結果2月末に高さ3m、長さ20m、平均斜度10度の立派なスロープが完成しました。単に捨てるだけの雪を利用して娯楽の場所を作るなんて、「私って天才?」と大満足。 さあ、実際に滑ってみよう!・・・ 「あらまぁ、2秒で滑り終わるのね・・・」 札幌国際やキロロを知った息子も物足りない表情。せっかくの努力もむくわれないのか・・・ でも、そり滑りには丁度いいいようで、近所の子供達には、私「ゲレンデのおじさん」と言われています。 |
| ▼2003年 3月14日 「私の「島」の愉快な仲間たち」(村井 裕子) | |
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アナウンス部の部屋は縦に3本の机グループがあり、10人弱位が向かい合わせで座っています。私の机は、その一番端の机グループ。誰が呼んだか「離れ小島」。 そのとても愉快な「島の仲間たち」を紹介します。 私の左隣が近藤AN。たまに「村井さん聴きましたよっ、昨日のラジオ」と言って年上の心を絶妙にくすぐるナイスな感想を伝えてくれる心憎いヤツ。 右隣が相賀まりちゃん。小田和正の「伝えたいことがあるんだ」を二人で口ずさめるのがわかってお姉さんはいたく感激!年齢を超えた嬉しい接点? 向かいの斜め右が川畑AN。最近は料理の話がもっぱら共通項。「初めて揚げ物を作った」などという報告に「よし、よし」と頷く私。 向かい正面が小川AN。朗読ステージが無事に終わった後、「準備が大変だった村井さんがいい気持ちで終われたのが何より」とねぎらってくれる心優しい人情家。 左斜め前が机の山の高さ(資料?ごみ?)を向かいの近藤ANと競っている卓田AN。 お腹の山の高さもこの「島」ではダントツ!あんたの勝ち!(負け?) そしてその隣は朗読勉強会仲間・関AN。お酒が入ると「新人時代、村井さんの背中を追いかけて、今だに背中は遠いです」なんて言ってくれるシャイなヤツ。 何を隠そう、関・卓田・近藤・小川ANは10数年前、HBC−R「元気一番いってきまーす」を担当していた頃の新人パートナー、可愛い教え子たち。 「出藍の誉れ(!)達」に囲まれて仕事をしている楽しい日々です。 |
| ▼2003年 3月15日 「進化する秒針」(田村 英一) | |
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2003年も昨日までに630万7200秒が刻まれた。 そして、ここに2秒のラジオCMがある。文字数は、ひらがなで14字。「さて、収まるかー」時間内に原稿を読み切る、これも我々の仕事の一つ。それ故、時計・・ストップウオッチとは長い付合いになる。 やがて時代は変わり、時計も変わる。アナウンス部のロッカーに仕舞い込まれてしまった時計の数々・・・・ 昔の時計は丸形でスチール製、秒針・分針など針が5本付いた時計もあって「どうやって使うんだ?」の世界。 一見、丈夫そうだが、重く、ちょっとぶつけただけでも、すぐ動かなくなる。修理代が思いの外かかる。落として修復不能事態にでもなれば始末書もんだった。 そのあと登場したのが軽量アナログ・ストップウオッチ、まだ針が付いている。 そして、あっという間にデジタル時計の時代になる。この時計、ちょいと落とした程度では止まらないし、修理するより買ったほうが安い・・・ アナログでもデジタルでも、2秒に差があるわけではないが、秒針の傾きが刻む時間のほうが「おごそか」に感じるのは年齢の所為なのだろうか? |
| ▼2003年 3月16日 「日本の疲れは台湾茶で」(船越 ゆかり) | |
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2月20日の村井アナウンサーに続き、私も中国茶にはまりました。 きっかけは台湾。お土産でも、と入ったお茶屋のご主人が 次から次とさまざまな種類をすすめてくれて、試飲しているうちに中国茶のとりこになってしまったのです。 それでは、台湾直送、中国茶のおいしい入れ方を・・・ 1:お湯は80度くらいの熱い物を 2:急須、茶わんはあたためる 3:お湯を注いで、茶葉を洗う気持ちで一度捨てる 4:急須の上からもお湯をかけて茶葉を蒸らす 5:急須の注ぎ口に 盛り上がっていたお湯がすっとひいたら注ぎ頃 6:お茶は急須に残さず注ぎきる 中国茶の小さな急須は茶葉を充分蒸らすための形、と聞いて急須も買ってしまいました。本来なら盃のような小さな茶わんで何杯も飲むのですが、それではどうも物足りなくてついついマグカップで飲んでいます。 今日のお茶は「東方美人」。ネーミングも素敵でしょ? |
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